場所を城に移しても軟禁状態は続いていた。扉の前に鎮座する重しのハンナはユウキが外に出ようとすると、すさまじい剣幕で怒鳴り散らす。偽物であるとわかったからだろうか、扱いが今までよりも雑だと思った。

(でも……牢に入れられないだけましって思ったほうがいいのかも)

 部屋は教会にいた時と同じような質素な部屋だ。全体的に埃っぽく掃除は行き届いていない。
 以前クリスが着ていたような、裾の広がった美しいドレスは取り上げられた。メイド服を思わせるものからエプロンを外したような、丈が長いだけの地味なドレスを与えられている。
 質素さや地味さは別に辛いとは思わないけれど、言葉は通じねど優しかったハンナの態度が激変したことは辛かった。だが、正体を偽るという裏切りを働いたのはユウキの方だ。ユウキがもっと早く正体を告げていたならば、本物のオフィーリアの逃亡は防げたかもしれないのだから、ユウキに文句を言う資格はない。

 閉じ込められたまま、誰にも頼れない。だけど諦める訳にはいかない。何もせずに朽ち果てるわけにはいかないのだ。
 幸い取り上げられなかった荷物の中からノートとシャープペンシルを取り出して考えに沈む。しばらく流されるままになっていたから、混乱した状況と頭を一度整理したかった。

(まずこの世界はどの物語の世界なのかを知りたいんだよね。だけど言葉がわからないから、欠損を修復しようとしている……でも欠損を修復するためには、物語を進めなければいけないから、やっぱり先に物語が何かを知らなければならない……)

 鶏が先か。卵が先か。そんなジレンマを感じつつどこかに突破口がないか、と考えて、ふと思い出す。

(そうだ。物語を知るためには、物語の要素を抽出すればいいんだから……)

 視覚から得られた情報だけでもと、今まで起こった出来事を箇条書きにしていたユウキはあることに気がついた。

(あれ? ……なにか変じゃない?)

 ユウキの中では物語は進んでいると思えたのだ。教会らしきところに落ちて、そっくりな少女と出会い、青年を拾った。そして場所も城に移動した。確実にエピソードは進んでいる。
 前回の事を踏まえると、ここからはさらに新しい事件が起こったり、新しい人物が現れたりしてエピソードが進むものだと思っていた。それにともなって欠損はいずれ修復されると信じていた。
 ……なのに欠損はまったく修復されない。ユウキは相変わらず意味の分からない雑音の中で生きている。
 なぜだろうと思い、もう一度欠損について振り返ってみる。白雪姫の世界で欠損が修復されたのはいつだっただろうか。

(一回目は確か……)

 クリスの唇に色がついたとき。いつの間にか、といった感じでいつかは断定できない。
 二回目は肌の色が修復された。タイミングはルーカスがやってきたあとだとはわかるけれど、正確なきっかけはわからない。小屋の中は暗かったし、クリスの肌は元々白かったから、気づいていなかっただけかもしれない。
 そして三回目は、王妃がやってきたあと。瞳の色が修復された。クリスの深い海の色を最初に観た時のことを思い出す。たちまち彼を失いそうになった時の恐怖と、助かった時の安堵をが再現され、ユウキの胸は当時のままにきしみ、頭はまともに働かなくなる。

(ああ、だめだ)

 どうしても印象的な記憶ばかりが濃く刻まれている。その分、他は曖昧になり、ユウキは目を閉じてため息を吐いた。
 欠損が修復されたポイントと、ユウキが認識したポイントが同時ではないのが困ったところだと思う。

(ええと、だけど最後のやつ……)

 思い返すと、再びギュッと胸が痛んだ。
 目に鮮やかに蘇る赤。ユウキがあのりんごを受け取った瞬間だ。
 あれだけは修復と認識がほぼ同時だったのではないかと思った。あれほど見事な赤い髪に気づかないわけがないのだから。

(それなら、……ここからヒントを得ることって出来ないかな……りんごを受け取ったとき、何が起こった?)
(りんごを食べた時……に話が進むならわかるんだけど――ああ、どうすればいいの)

 ここがクリアにならないと、危険だと思った。いつまでも話が進まず、言葉も使えず、クリスに会えないし、物語も終わらない。

(怖い……それは嫌だ)

 恐怖を噛み殺して必死で考えているときだった。扉が開くとハンナが顔を出す。そして彼女の巨体の後ろから、見知らぬ男性が現れた。
 男性は、四十歳くらいに見える。長いヒゲを蓄え、胸に勲章のようなものがぶら下がった軍服のようなものを着ている。

(うわ……なんか、すごく偉そう……)

 怯むユウキに、彼は何かを話しかけるけれど、例によって全く解読不可能だった。
 わからない――という意味を込めて首を横に振ると、彼は難しい顔をしてハンナに向き合った。


 *


「オフィーリアは一体どこへ行ったのだ。この娘は誰だ」

 父親の顔を見ても知らない者を見るような顔をしたことが、娘が偽物である証拠となってしまった。
 その事実を受けて不機嫌なリーベルタース王の追及の前に、ハンナは黙って膝を折った。

「おまえがついていながらどういうことだハンナ」
「面目ございませぬ」

 と殊勝に謝りつつも、そんなに大事な娘ならばもっと人手を割くべきだったのでは? とモヤモヤとした気持ちになってしまう。修道院に入った第五王女につけられたのは、乳母のハンナ一人だったのだ。
 王はハンナの鬱屈に気づくことなく続ける。

「パンタシアから、せっかく色よい返事を貰えそうだというのに、肝心のオフィーリアがいないとなると、困るのだ」 
「差し出がましいことは承知の上で申し上げますが……他の姫君ではだめなのでございますか」

 そもそもハンナには、結婚するのがオフィーリア姫でなければならないという理由がわからないのであった。リーベルタースの第三王女と第四王女はまだ未婚だし、美しい王妃に似た第一王女から第四王女の可憐さは吟遊詩人が詩にするほどなのだ。彼女たちを差し置いて、ただ一人父親に似てしまった第五王女に縁談が来るとは――しかも、華やかな容貌と聡明さで有名であるパンタシアの王子から。ハンナだって驚いた。
 そして最初は……願ってもないと思ったものだ。王宮に密やかに流れていたとある噂話・・・・・を聞かなければ。

「あの変態――いや、偏屈な王子が唯一興味を持ったのがオフィーリアだけだから仕方がない。それにしても――本当にこの平凡な娘のどこがいいのか」

 王子に関する不穏な言葉は聞かなかったことにするが、あるじを貶める言葉は聞き捨てならない。

「陛下」

 聞こえていますよ、と目で諭すが、王は「どうせ聞こえはせぬのだし、別人なのだから何の問題もないではないか」と全く気にしない。ハンナは別の意味でため息が出る。王族以外の人間を人間だと思っていないのだ。これだから王族は嫌いだとハンナは思う。ただひとり、主のオフィーリアを除いては。
 第五王女のオフィーリアは確かに平凡な容姿をしていた。もの静かで思慮深く、言いたいことははっきりという芯の強い娘で、ハンナは彼女が大好きだ。目の前にいる娘と雰囲気が似ている。ハンナの目が弱っているというのもあったが、内面が似ていたからこそ入れ替わりに気付かなかったのだ。

「こうなっては仕方がないな」
「陛下?」
「オフィーリアが見つかるまでは、この娘を代理に使うしかないではないか」
「しかし!」

 何を言い出すのだとハンナは思う。それが露見すればただでは済まない。

「この好機を逃すのは少々惜しいのだ。なに、これだけ似ているのだ。結婚までに連れ戻して入れ替えればいいだけの話。結婚まではさほど接触することもないから、まず露見することもあるまい」

 王は何を考えてパンタシアの王子の結婚を進めているのだろうか。気味が悪かったし、まるで駒のように使われる主が気の毒だった。それにこの身代わりの娘も。

「ですが――この娘は口がきけませぬ」
「むしろぺらぺら喋られては困る。ちょうど良いではないか」

 これはきっと天啓なのだ――と王は自分のひらめきに酔ってしまっているようだ。

(相手は王家だよ。身代わりが露見すれば……ただじゃすまないよ)

 それがわからぬほど愚かとは思えないのに、一体何を企んでいるのだろうか。

 ハンナはため息を吐くと、どこから連れてこられたのかも未だわからぬ、途方に暮れたままの哀れな娘を見やった。

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