荷馬車をまるごと買い取ったルーカスは、荷台の藁の中にクリスたちを隠す。そして自らは農夫に化けて馬を操った。体格の良さを隠すべくひどい猫背にしているけれど、疲れて肩を自ら叩く姿はなかなか様になっていた。
 他の六人は後ろと前に分かれて別行動だ。大人数だと目につきやすいという計算からだ。
 夕日が藁の間から差し込んでくる。眩しさに目を細めながらクリスは御者席のルーカスに尋ねた。

「で、戦ってどういうことだ?」

 ルーカスはため息を吐くと前を向いたまま一息に言った。

「殿下がカタラクタの者に殺されたという情報がパンタシアに伝えられました」
「……そうか。つまり、戦というのは、パンタシアとカタラクタがってことか」
「ええ」

 ルーカスが神妙に頷いたとき、

「なんだって!?」

 ロシェルが藁から顔を出そうとして、即座にルーカスに頭を押さえつけられる。

「お静かに」

 だがロシェルは藁の中で叫ぶ。

「だって、それじゃあ、アタシのせいでカタラクタが危ないってことだろ!」

 クリスは眉をひそめた。

「もともとそうなる予定だったんだろ? おれを殺せば何が起こるかくらいわかるはずだ。君は捕らえられて、カタラクタの名前が上がるだろう。そうなれば、戦は避けられない。なのに、今なんで自分のせいでカタラクタが危機に陥ったことを悔いる?」
「だ、だって……予定ではアンタが死んでも、カタラクタの名は出てこないはずだったんだ」
「それは、どうしてだ?」
「アタシが、痴情のもつれでアンタを殺して自分も死ぬっていう筋書きだったからだよ」

 自分も自害するつもりだったというロシェルの告白に薄ら寒くなり、クリスは藁の隙間からじっと彼女を見つめた。

「だけど、ユウキが聞いた話を口にすれば、カタラクタの名が出て来る」
「いや、ユウキはさ、パンタシアに好きな男がいて会いに行かないといけないのに、王子と無理やり結婚させられそうになってるって言ってたから。ついでに助けて逃してやるつもりだったんだ。一石二鳥だろ? ……あれ? でも、そういえばアタシの素性はあんたたちしか知らないはずなのに……、そういえばあの時だれが《カタラクタのメス犬》って言ったんだ?」

 ロシェルは今思い当たったと言った様子で首を傾げたが、クリスの耳には後半は届かなかった。

「好きな男? それ……って」

 衝撃が体を覆う。パンタシアにいる男ならば、接触できたのは自分かもしくはルーカスくらいだ。ならば……もしかしたら自分のことだろうかという淡い期待が湧き上がる。
 だがすぐに、

(え、でも王子っておれだよな? 無理やり・・・・結婚? やっぱり嫌だったってこと?)

 無理やりという言葉が胸を刺した。期待と不安が交互に頭をよぎって目がくらむクリスに、ロシェルは意地悪そうに笑ったが、「それ以上はアタシが言うことじゃないな」と頑として口を開かない。
 じれて苛立ちながらも、クリスは仕方なく本題に戻ることにした。

「ロシェル、君は、誰に命じられた?」
「知らないやつ」

 本当だろうか。クリスは疑いながらも尋ねた。

「じゃあ、どうして誰ともわからない人間の命令に従った? 何か・・理由があったんだろう? 自分の命を賭けてでもやらないといけないような、切羽詰まった理由が君にはあったはずだ」

 それだけは絶対聞いておかなければ。クリスはロシェルの首にかかっている赤い石をじっと見つめる。
 今度はクリスが譲らないのを悟ったのか、ロシェルは苦しげに目を伏せる。

「……アタシの……家族も、一緒に囚われたんだ」

 それだけ絞り出すとロシェルは黙り込むが、状況を察するには充分だった。

(なるほど……な)

 クリスは嘆息した。それでようやく繋がったと思った。

「つまり……おれを誘惑したり、殺したりしないといけなかったのは、カタラクタを守るためっていう大義名分でもあったけれど、それ以前に国の家族を殺されるから。だから君は必死で任務をこなそうとしてた。けど、命じられるままに必死で行動していたから、そのことでもたらされる状況を熟考する余裕がなかった。そして今、自国が戦に巻き込まれれば、家族にも危機が訪れることに思い当たって動揺した――といったところか?」

 一息に言うと、ロシェルが観念したようにため息を吐く。

「よくそれだけの情報で、そこまで考えつくな」
「殿下はこういった考察は得意ですから」

 どこか誇らしげなルーカスの声が上から落ちてくるけれど、ロシェルは胡散臭そうだ。

「の割に……女心に関しては、全く分からなそうに見えるけどなぁ」
「ああ、それはそうですね。殿下はまだまだお子様ですので」

 ルーカスが即答し、クリスは「お子様じゃないし」と反論する。だが、

「そうでしょうかねえ」
「………」

 ニヤニヤと笑われてクリスはぐっと詰まった。実際クリスにはユウキの心がわからなくて悶々としているのだ。

 クリスが膨れて黙り込んだとき、不意にルーカスが馬車の速度を緩める。彼は一旦馬車から降りて、なぜか枯れ枝をかき分けはじめた。

「なにしてんだ……?」

 思わずロシェルと顔を見合わせた時、枝の向こうにぽっかりと薄暗い脇道が現れる。

「なんなんだ、そこ」
「説明はあとから。誰かに見られる前に入りましょう」

 ルーカスはにやりと笑って二人を黙らせると、馬車に乗り込む。そして脇道に馬車を入れ、林を抜けたところで馬車を止めた。

「今日はあそこで休みましょう。今後の相談もありますし、お渡ししたいものもありますので」

 藁から顔を出したクリスは思わず顔をしかめた。ぽっかりと切り開かれた村の入口にぽつんと佇むのは、教会の面影を残した、廃墟だったからだ。

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