「オマージュ……」

 なるほど、とユウキは多少明瞭になった筋道を頭のなかでたどってみる。
 確かに、そもそも有名な童話に森で迷子の王子様の話がないのだから(もしかしたらユウキが知らないだけという可能性は捨てきれないのだけれど)、完璧に童話をなぞることは不可能だろう。
 だから、物語の要素をパズルのように組み立てて、つじつまがあわない部分を脚色で乗り切る。オマージュを作る。

(そういうこと? 本当にそれでいいの?)

 クリスが言うと簡単に思える。だけど、やっぱりユウキは怖いのだ。

「でも……問題は、どの物語か確実ではないってことだと思う。根本が間違ってたら、うまくいくはずがない」

 世界には致命的なエラーが潜んでいる。それを忘れてはいけない。

『致命的な手違い(エラー)が起こったらそれは現実世界での死を意味するからね』

 文言が目に焼き付いたとたん体がこわばって、ユウキは前に進めなくなる。
 クリスは考えこんだあと、ふとこぼした。

「《白雪姫》って昨日言ってたろ。それってなに?」
「そういう名前のお姫様が出てくる物語」

 力なく答える。

「ユウキが、その話だと思ったのはなんで?」

 ユウキは空中を睨んで、昨夜考えたことを思い浮かべる。

「ええと……物語の、要素が当てはまってたからだと思う。あなたの性別さえ女の子なら、まず間違いないって思った」
「どのあたりが?」
「絶世の美少女が、義母の迫害を受けて森に迷い込むってあたり。少なくともわたしが知ってるお話には、他にそんなお姫様がいない」
絶世の美少年・・・・・・が、義母の迫害を受けて森に迷い込んだって話はないわけか」
「自分で言わないの」
「ホントの事だし」

 悪びれないクリスは舌をぺろっと出す。これを弟がやったなら、ちょっと鳥肌が抑えられないと思ったけれど、クリスなら許せる。といううより、むしろ――

(ああ、……悔しいけどカワイイ……)

 笑顔と軽口に心がほぐされて、地面にずぶずぶと沈み込みそうだったユウキはようやく立ち直ろうとしていた。くすり、つられて笑うとぷくぷくと気力が湧き上がる。徐々に頭が働き出す。

「そうだね。落ち込んでても何も変わらないし、とにかく、頭を切り替えて、王子様が追われる話を探さないと」

 むうっと眉をしかめて、記憶を探り始めると、クリスが遮った。

「そうかなあ。それより、脚色可能っていうんなら、俺がこのままで美少女な王女様をつき通せばいいんじゃないの? 城ではずっとそうしてきたんだし、問題ない気がする」

 クリスが男の子であっても、話の筋が同じならば、大丈夫だといいたいのだろうか。

「ずっと? そういえば、その髪って地毛?」

 ふと気になって尋ねる。クリスは自分の長い髪を指に巻きつけると、にたり、と口元を緩めて「そうだ」と頷いた。

「この長さだ。そう簡単に始められることでもないと思わない? 俺、もう八年はこの格好してる。母上が亡くなってから」

 理由を踏み込んでたずねていいものかわからず、ユウキが黙りこむと、クリスは「とにかく、だから、問題ないって」と話を進めようと促した。

「……まぁ、でも……うーん」

 ちょっと考えたけれど、問題は大ありだ。ラスト、王子様がやってきて目覚める辺りに、特に。

(王子様は小人から棺を譲ってもらって、自分の城に連れ帰って、目が覚めたら結婚するんだよね……たしかにクリスは綺麗だけど……どんなBL(ボーイズラブ)なのそれ)

 ユウキはそちら方面に興味はないけれど、その道に目覚めた友人も少なからずいる。ユウキはそういう漫画をちらりと見て自分には合わないと思ったけれど、そういう友人たちは泣いて喜ぶシチュエーションなのではないだろうか。
 頭痛を感じたユウキはこめかみを揉む。
 ニコニコして会心の提案とでも言いたそうなクリスには、ちょっと結末は言い出しづらい。もしユウキが彼ならば、逃げ出しそうな案件だった。それ以前に……昨日の夜悩んだ『毒りんご』の件もあるのだし。むしろそっちのほうが重要案件だ。

(だってまさか、ちゃんと生き返るから死んでなんて言えないよ。保証もできないのに)

 目を泳がせるユウキをクリスは励ます。

「とりあえずやってみろよ。間違えたら引き返せばいいんだ」
「ん……でも、ここの巻き戻しはできないってのが気になる」

 ノートの一節『時間自体は君の世界と同じく、巻き戻すことはできないから注意して』を指差す。

「巻き戻し? ……ってのはなんだ? 巻いて戻す? たまにわからない言葉があるよな、このノート」
「あー……」

 巻き戻しというのは、映画などのフィルムや、ビデオテープなどから来ている言葉らしいのだ。ユウキも昔『なんで巻き・・戻しっていうの?』と母に尋ねたことがあったのだが、説明されるまで意味がわからなかった。
 語源となる物がこの世界には存在しないことに気がついて、ユウキは改めてここが異世界だと感じる。
 となると、破傷風と同じく通じない言葉なのだろう。
 ユウキは言い換える。

「なんだろ……時間を逆回しにして、とある時点に戻ること?」
「ユウキのいる世界では、そんなこと出来るのか?」

 目を輝かせるクリスだったが、ユウキはすぐに否定する。

「いいや、出来ない」
「じゃあ、なんでそんなことが書いてあるんだ」
「うーん……本、はあるよね? この世界」

 頷くクリスに向かって、ユウキは頭をひねりながら答える。

「最後まで読んだあと、もう一度読みなおしたりすることはあるよね。わたしにとってここは本の世界であって、だから、本をめくって最初に戻るみたいなことを考えるんだよ。だから、それは出来ないって言いたいんだと思う」
「あー、なるほど」

 クリスにはこのたとえならばわかるようだ。とほっとしていたら、

「階層の問題か。なんていうか――そうだな、一段上の、俺達の神の世界みたいなところにユウキたちはいるのかな」

 考えもしなかった言葉に、理解が思ったよりも一段階深いとちょっと驚く。クリスはすごく頭がいいのかもしれない。

「つまり、ユウキの世界は俺達の世界の外側に広がってるってことか、ふうん、面白い。俺、そういうことを考えるのは好きだ」
「……納得できるの?」

 そして頭が柔らかいのかも。未だに現状が受け入れられないユウキとは正反対だ。

「んー……たぶんだけど、今、ユウキと同じ気分なんじゃないかな。半信半疑」
「だよね」

 ユウキは肩を落とす。当然の反応だと思った。だけどさ、とクリスは笑った。

「信じたいくらいには夢がある話だろ。とにかく、前に進もう。話の続き――これから俺がどうなるのか、聞かせろよ」

 クリスは楽しげな笑みを浮かべる。ワクワクした様子が不思議だった。

「なんで楽しそうなの」
「俺は物事は最大限に楽しむたちでさ。なんでも飛び込んでみなさいって、やりたいことを全力でやりなさいって母上がよく言ってたんだ」
「……ふうん、……愛されてたんだね」

 そう呟いた途端、ユウキは自分と比較してしまって憂鬱になった。

(わたしのお母さんは生きてるけど……、わたしは、クリスほど愛されていない)

 その事実に気がついたのは、ユウキが小学校の六年生の時だ。

『あの子たちは、わたしが自分から絞り出した一部です。生み出すにはいつだってひどい苦しみがあります。ええ、実際に生むよりも辛いことだってあります。――だからこそ、わたしはあの子たちを自分のこどものように愛しているんです』

 母が創作のスタンスを述べたインタビュー記事に偶然目を通したユウキは、母がこの世で一番大切にしているものの存在を知り、立ち直れない程の衝撃を受けた。
 母は、ユウキとタクヤと過ごす時間よりも、物語と戯れる時間のほうが多い。つまり、そういうこと・・・・・・だと思ったのだ。

(お母さんは、わたしよりも、物語・・を愛している。自分の頭で紡ぎだした、わたしとタクヤ以外の――理想のこどもたちを、愛している。わたしはいくら頑張っても彼らには勝てないんだ)

 愛されたくて、いい子にしていた。だけど、いい子にすればするほど、母はユウキよりも物語にのめり込んでいった。タクヤをユウキに任せ、仕事に一層打ち込みだした。
 物語・・に、物語の中の人物たちに、ユウキは母を奪われ、今も奪われ続けている。
 闇の中を覗き込みかけたユウキは、クリスの悔しそうな声で我に返る。

「……だから、今は窮屈でたまらない。――あんな女、絶対追い出してやるんだ」

 楽しげな笑顔の中に、継母への強い憎しみが覗いて、ユウキは彼に抱きかけていた羨望を投げやった。彼はかつて愛され、今は命を狙われるほどに愛されないこどもなのだ。共感を覚えてユウキは彼に心を寄り添わせた。
 彼の力になってあげたい――そう思った。

「わかった。協力する。あなたはわたしが助ける」

 クリスが目を瞬かせる。妙な熱がこもった気がして、照れくさくなったユウキは、すぐに言い訳のように付け加えた。

「だって――……白雪姫は最後、王妃を出し抜くんだよ。つまり、そう導かないと、わたしも帰れない」

 クリスはニヤリと笑った。

「共同戦線を張るってわけだな。――で、どうする?」

 クリスに促され、ようやく白雪姫の続きを口にする。

「白雪姫は、森に逃げたあと、七人の小人の家に逃げ込んで、彼らと平和な日々を過ごすの。だから、まずは小人の家を探さないとだめだと思う」
「……小人?」

 クリスのきょとんとした顔に、ひどく嫌な予感がした。

「まさかだけど、この世界に小人っていない?」

 恐る恐る問いかけると、クリスは困惑する。

「物語の中でなら聞くけど。現実にはいるとは聞いたことがない」

 がつんと頭を殴られたような衝撃。そして嫌な予感は更に増した。

「あの、じゃあ、魔法の鏡とかはない? あるでしょ? あるよね!?」

 半ば必死で問いかける。

「魔法? ユウキの世界には魔法があるわけ? すげえ」

 だがクリスは目をキラキラ輝かせるだけだった。

(ないの!?)

 ユウキは目の前が真っ暗になる。魔法自体がないとなると、とたんに攻略の難易度がぐんと跳ね上がる気がする。なぜなら、童話と言えば、どんなお話にもたいてい不思議な要素がいくつか入っているものなのだ。
『継母に命を狙われるお姫様(王子様)+森で迷子=白雪姫』――と来たけれど、そこに(かける)魔法なし(ゼロ)とすると、答えもゼロになる。
 真っ青になって黙りこむユウキを、「なーに暗くなってんだよ」とクリスは励ます。

「だって、行き詰まっちゃったじゃない。魔法のない世界で、魔法をどう再現すればいいっていうの。小人のいない世界で、どうやって小人を見つければいいの――無茶じゃない」

 ヒステリーを起こしかけ、半ば喚くと、クリスは呆れたように肩をすくめた。

「ユウキって頭固いよなあ」

 グリムにそう言われたのもついこの間だ。何度も言われなくても自分で知っている! とユウキは激する。

「じゃあ、クリスは小人を見つけられるっていうの」

 胸ぐらをつかむ勢いでぐいと迫ると、迫力に圧されたのか、わずかにのけぞって彼は答えた。

「だからさあ、無いものは無い・・・・・・・って割り切れば逆に楽だろって話」

 意味がわからない。ユウキは顔をしかめる。

「どういうこと。諦めろって話?」
「ちがう。例えばさ、今、俺達の手元には食べ物がない。こんな森のなかには厨房があるわけでもないし、料理長がいるわけでもない。だけど、じゃあ、この実を食べてみたら? ――そういう話」

 クリスは立ち上がると、傍に垂れ下がっていた黒い実をちぎるなり、口にぽいっと投げ入れる。ユウキは目をむいた。

「――ちょ、っと、なにして――」

 クリスはすぐさまぺっと実を吐き出すと、川の水で口をゆすいだ。だが、それは暴挙を反省してのことではなさそうだ。

「しぶー」

 べー、と舌を出してひどい顔をするクリスをわたしは叱りつける。

「毒でもあったらどうするの!?」

 だがクリスは全く悪びれない。

「こうやって森に逃げるのは三回目だから、ここで何が食べられるかは結構知ってる。これは山ぶどうの一種。あっちにはさっきクリが落ちてた」
「はぁ!? 三回目って何!?」

 ユウキの質問をまるっと無視してクリスは他の房を取ると、またもや実を口に含む。そして今度は満足そうに頬を緩ませ、あんぐりと開けたユウキの口にも実を押し込んだ。
 初めて食べた山ぶどうの実は、酸っぱくて少し渋い。だけど疲れた体には僅かな糖分が瞬く間に染みこんでいく。とても美味しいとはいえない代物のはずだけど、いくらでも食べたいと思うユウキに、クリスは房ごと山ぶどうを手渡す。

「無いなら作ればいいんだよ。どう工夫してある・・ように見せるかだ。脚色すればいいってのはそういうことなんじゃないの?」

 そして突如ばっとスカートの裾をさばくと、取り出したナイフを目の前に出す。ぎょっとするユウキに、彼はカラッと笑った。

「とにかく腹が減ってたら頭も働かないし。これ、基本は護身用だけど――、まあ食料調達にも使えるだろ? 狩りは昔からの趣味なんだ」

 彼はそう言うとスカートの裏に縫い付けてあった道具を次々に披露した。男物の簡素な生成りのシャツとグレーのパンツ、ナイフがもう一本、マッチ、ロープに糸に針。あとは塩。猫型ロボットのポケットを思い出しつつ、ユウキは唖然とする。

「小麦粉があればよかったんだけど、さすがに重くてかさばるから止めたんだよな。ま、代用品は見つかると思うけど」

(何、このサバイバル用品……)

 しかも文明にあまり頼ろうとしない結構ガチなやつだ。マッチがあるだけいいけれど、本当に必要最低限の持ち物だと思った。
 顔をひきつらせるユウキの前でクリスは誇らしげだ。

「無計画に逃げたわけじゃないんだ。飲み水があって、さほど寒くなくて、食べ物がある時期だからここに逃げた。ちょっと不慮の事故はあったけど、これで当分は凌げる。ってわけで、――小屋を拠点にして、のんびり小人探し・・・・でもするか」

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