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わたくし、恋愛結婚がしたいのです

『――じゃあ、僕はルルのために、楽しくて役に立つ魔法を込められるように頑張るよ。病人を元気にしたり、日照りの続く時には雨を降らしたり、逆に長雨の時には晴れの日を運んだりするような、そんな平和な魔法をね』

 最後に一度読み返すと、少女は古い手紙の束を暖炉に放り込む。ちりちりと音を立てて燃える紙を見つめながら、小さく呟いた。

「あの馬鹿。返事もくれないくせに、一体何が私のため?」



 ***


 ルルディアは怒りに震えていた。淡雪の肌はザクロのように赤らみ、深い森を思わせる緑の瞳は今は炎の色を宿し、自慢のあかがね色の巻き毛が逆立つような勢いだった。

「お父さま。婚約ってどういうこと」

「陛下と呼びなさいと何度言えばいいんだい」

 フサフサの金色の口ひげを撫でながら、ルルディアの父であり、ラディウス王国国王、ヘルムート三世はたしなめた。

「とにかくもう決まったことだ。お前も王家に生まれた娘ならば、こうなることは覚悟はしていたはずだ」

「冗談じゃないわ。あの国は取るに足らない、お前をやるにはもったいないって――昔からそうおっしゃってたじゃない」

 ルルディアの三人の姉が、ラディウスと陸の境界を争う北と西の国、それから南端の海の境界を争う島国に嫁いだため、ラディウスを脅かす存在は消え、ルルディアの嫁ぎ先は国外にはないはずだった。いや、大河シュプルングを挟んで東南にも隣接する国はあったが、少なくともラディウスは、岩ばかりの不毛な領土しか持たない小国をまるで相手にしていなかった。

「時局が変わったんだよ。ルルも十五。結婚ができるような歳だろ。国を取り巻く状況が変わることがわからないほど馬鹿なのか? むしろ余り物・・・を選んでもらえて喜ぶべきだろ」

 王の隣に控えていた金髪の青年――すぐ上の兄にして、ラディウスの王太子、ティグリスの余計な一言に、ルルディアはカッとなる。

「お兄様は口を挟まないで! そうだわ、イゼアには姫がいたはずでしょ。お兄様がもう一人妃を娶ればいいのよ」

「無茶言うな。妻は一人と決められている。俺は教会に破門されたくないんだが……大体、お前、それをディアナの前で言ったら殺されるぞ?」

 兄を溺愛している妃を思い出し、ぞっとしたルルディアは一瞬怯むが、やはりどうしても素直に頷けなかった。

「わかってる、無茶だってわかっているけれど――よりによって、あのレオナルトと!?」

 ルルディアが一番我慢ならないのはそれだった。相手が彼でなければまだ言うことを聞けた、かもしれない。

(だって、あの男は――)

 ルルディアが顔をしかめると、父王が彼女の気持ちを汲んだかのように頷いた。

「確かに彼の国イゼアは、魔術師の数も激減し、かつての力を失ってしまった。だからわざわざ姻戚となる必要もないと思っていた。それは認めよう」

 ルルディアは小さく首を横に振った。

「……国の規模は今は関係ないの。私、あんな失敬な男は、無理なの!」

 すると、兄が口を挟む。

「まあ、変わり者ではあるよね? なんだっけ? 皆の前で『あなたにふさわしい贈り物を』って取り出したのがカエル・・・とか――」

 言い終わる前にぶはっと吹き出されて、ルルディアは完全にへそを曲げる。

 忘れもしない。あれはルルディアが十歳の時の新年の祝祭だ。形だけの誘いさえなく、美しい姉達に次々にダンスを申し込む男達を羨望の眼差しで見ていたルルディアに、一人の少年が声をかけたのだ。銀の髪に灰色の瞳を持つ、聡明さがにじみ出るような外見をした少年は、大国ラディウスが相手にするにはあまりに小さく貧しい国、イゼアの若き王子だった。それでもルルディアは生まれて初めての誘いに、嬉々として彼の手を取ろうとした。だが彼女の手には、彼の手ではなくカエルを象った緑の玉石が載せられていたのだった。

 驚いたルルディアはすぐさまその石を遠投したのだが、石には魔法が込められていた。運悪くぶつかった者がカエルに変化し、祝祭はすさまじい騒ぎになった。そのせいなのか、なぜか巷でのルルディアの渾名は屈辱の“カエル姫”。

 しかし騒ぎの元凶はけろりとしたもの。反省の色もなく「すごく面白いだろう? 僕が作ったんだ」と無邪気に笑ったのだ。

(それだけならまだしも――)

 その数日後、レオナルトから手紙が届いた。内容はカエル事件に対する謝罪と言い訳だったのだが、ルルディアが返事を書いたら、また手紙が来た。そんなふうに始まった文通だったが、続けてみると意外にも楽しく、三年の月日が流れる間にやりとりした手紙の数は百を超えた。

 しかしそれも二年前に一方的に打ち切られた。突然の音通不信を心配したルルディアは何通も手紙を書いたが、返事はとうとう来なかった。代わりに彼が怪しげな研究に打ち込んでいるという噂が届いて悟った。ルルディアは忘れられ、捨てられたのだ。実は贈り物のカエルの宝玉よりも何よりも、ルルディアは手紙のことに一番腹を立てている。

(今更なんなの。二年も音沙汰なかったくせに、いきなり結婚? 冗談じゃないわ!)

 とっさに靴を脱ぐと、人の気持ちも知らずにヘラヘラ笑う兄に投げつけた。

「うわ!」

 ヒールが頭に命中する。

 兄は「このお転婆カエル姫が」と一瞬反撃の姿勢を見せるものの、ルルディアがもう一方の靴を脱ぐと、尻尾を巻いて逃げた。それを見てルルディアは溜飲を下げる。父王がやれやれとため息を吐き、なだめるように言った。

「お前の気持ちはわからないでもない。だが、あの国では、先日、石に魔法を溜め込ませる、ノイ・エーラという最先端の技術を確立させた。この技術によって、今後、絶滅寸前の魔術師を有効利用できるようになる。それはきっとラディウスにとって脅威となるだろう。しかも開発にはレオナルト王子が一役買っているそうだ。まだ十八という若さを考えても、あの王子は今後どう化けるかわからない。あの小国を再びかつての魔法大国に変えてしまうだけの力がある。変人――いや多少変わっているかも知れないが、不安の芽は早めに潰しておくべきだ。わかるね? ルル?」

 でも――と反論したかったが、ルルディアの中の理性が無駄だと止めた。国のためにと文句も言わずに嫁いでいった姉達の姿は、今でも瞼の裏に焼き付いていたのだ。

(だけど……それなら最初から期待を持たせるようなことはしないで欲しかった。だったら結婚に甘い夢なんか見なかったのに)

 ルルディアは小さな手を握りしめ、零れ落ちそうな涙をぐっとこらえたまま、玉座の間を飛び出した。