04

責任は取ってもらうわ

 部屋の床の上には、先ほどまでルルディアが身につけていたドレスが抜け殻のようになって落ちていた。姿見の前には、じゅうたんの色を移した赤いカエルがいる。頬をつねってみようと右手を上げてみる。カエルの右手――もとい右の前足が上がり、ルルディアは絶望した。

「……どうしてこんなことになってるわけ。一体何が起こったわけ……」

 突っ伏してさめざめと泣くと、真上から呆れたような声が響く。

「君が投げた石に込められていた魔法が反射したんだ。イゼア王族が魔法で身を守ることくらい常識だろう」

 そういえば苦手な地域学の授業で習ったかもしれない。思い出すが今更だった。

 ルルディアは巨人のように肥大化したレオナルトを呆然と見上げた。いいや――正確にはレオナルトが膨らんだのではなく、ルルディアが縮んだのだが。

 レオナルトはカエルとなったルルディアを手でそっと掴むと、テーブルの上に乗せてくれる。

「相変わらず勉強不足なんだな。本当に馬鹿な真似をしたものだ。そんなに僕のことが嫌だったのか」

「嫌に決まってる。だってあなたは私に恥をかかせたもの! 最初に会った時だって――」

 それに、手紙のことだって。泣きすぎて引きつけを起こしそうになって、ルルディアはそれ以上言葉を発せなくなる。続きはレオナルトが引き取った。

「初めての贈り物がカエルの形をした石だった。それがそんなに屈辱だったってわけ? 何度も謝罪したというのに、ずいぶん根に持つね。大体、僕があのカエルを作るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。あの試作品を作るのに一年かけたんだよ? それなのに怒るなんて、しかも投げ捨てるなんて、僕にもカエルにも失礼だと思わないのか? それに、こんなに可愛いのにどうしてこの魅力がわからない」

 鏡越しにレオナルトはルルディアを指さした。

「はっ――? か、可愛い!?」

 ルルディアは目と耳を疑った。だが、レオナルトはもう一度同じ言葉を発した。

「小さくて、つやつやしていて、目がまん丸で、可愛いだろう?」

 じっと見つめられながら億面もなく言われ、ルルディアは照れて体がさらに赤くなる。どうやら感情が体の色に出るらしいが、絨毯が真っ赤なのが幸いして、レオナルトは気づいていないようだ。

 だがよくよく考えると、こんな姿を可愛いと言ってもらっても全然嬉しくない。むしろ、普段可憐な外見だと――たとえお世辞だとしても――もてはやされている身としては辛さが勝った。

「しかもね。カエルは泳ぎが得意だし、陸上で生活出来るだけでなく、皮膚から空気を取り込んで水の中で呼吸もできるんだ」

 無駄に得意気に説明をし始めるレオナルトに、ルルディアは頬を文字通りにぷっくり膨らませると、一言言ってやろうと睨み上げた。

「あなた、さっきからずいぶん饒舌だけれど、一体何なの。普段はあれだけ無口でそっけないくせに。それにどうして冷静なの。自分の花嫁がカエルなのよ!?」

「悪いことばかりじゃないだろう。正直、僕は女の子の姿の君と話すのは苦手だし、カエルの方が話しやすい。それに、妃がカエルなら煩わしいことも全部回避されるよね。夜会もダンスもうんざりだけど、君がその姿なら回避可能だ。僕は好きなだけ部屋にこもれる。本を読み放題、実験もし放題だ」

(ちょっと待って。私よりカエルの方がいいですって?)

 ひどく衝撃的な言葉が聞こえた気がする。

「……あなた、昔から変だと思っていたけれど、益々おかしくなっていない?」

「極めてまともだよ。学問がどれだけ有意義な時間の使い方だと思っているんだ」

 話がまるで噛み合わない。ぐったり疲れたルルディアは、対話を諦めた。さっさと話を切り上げたいと、結論を急ぐ。

「とにかく、こうなった責任は取ってもらうから!」

 横暴な要求にも、レオナルトは頷く。

「言われなくてもちゃんと結婚してあげるよ」

「それじゃあ私が困るの。大体、世継ぎはどうするの。あなたも私も王族なのよ? 子供がカエルの姿で生まれたらどうするのよ!」

 口走ってしまってルルディアはまたもや真っ赤になった。未婚の女子が口にするにはどう考えてもはしたなかった。だがレオナルトは学者気質。生物学的な何かを考えたらしく「そもそも種が違うと子孫は残せないけど、確かに困る。僕はカエルには欲情できないし、王族の義務も果たせない」と真面目に言った。

「よ、よくじょ――ってあなた真面目な顔して何言ってるかわかっているの!?」

 悲鳴を上げるルルディアを無視して、レオナルトは石を観察し始める。

「これがイゼアのノイ・エーラなら解除魔法を使うだけだけど、どうも違いそうだし」

 出所を追及されるかとルルディアは顔を引きつらせるが、彼はそうせずに独り言のように続けた。

「古典的方法となると、お伽噺の『かえるのおうじさま』の方法が有名だけど……」

 かえるのおうじさま――それは大陸に古くから伝わる伝承を元にしたお伽噺だが、面白くわかりやすい物語は口伝しやすいらしくラディウスでも有名であった。

「かえるのおうじさまって、あの、王子様が呪いでカエルになってしまうってやつね?」

 気を取り直したルルディアが口を挟んだが、考え込んだ彼には聞こえていないようだった。集中力がルルディアとは桁違いだ。

 目の前でぴょんと飛び跳ねてみるが反応がない。銀縁の眼鏡の奥では、まばたき一つしない目がある一点を凝視している。

(これ、一体どこ見てるのかしら?)

 彼の視界に入ろうと場所を変えては覗きこむルルディアの前で、レオナルトが突然立ち上がる。そして「王立図書館に行く」と言う。

「まさか逃げる気じゃないでしょうね?」

 口をパクパクと動かして吠える。眼鏡越しに冷たい一瞥をくれると、レオナルトはルルディアを掴んで無造作にポケットに押し込んだ。