番外編
楽しい衣装選び

 島田の父の手術が無事に終わった、その週末の事。秋晴れの綺麗な空の下、さくらと島田は病院の近くにある、とある神社にお参りに来ていた。
 以前も手術の前に一人で来ていたらしい。こんな時だけ神頼みというのもなんだけど、と島田は気まずそうにしながらも打ち明けてくれたのだ。
 手術が成功したお礼をしていると、参道がにわかに騒がしくなる。ざわめきに誘われて振り向くと、そこには婚礼衣装をまとった一組の夫婦がいた。
 神前結婚式だというのはすぐわかったのに、そこだけ流れている時間が違うような気がして、さくらは目をしばたたかせる。なぜだろうと考えたのは一瞬だった。花嫁が白無垢ではなく、黒地の振り袖だったからだ。同じ黒だが、親族らしき人達が纏っている留袖とは明らかに違う。長い袖には艶やかな花が描かれている。なにより真っ白な角隠しが彼女を花嫁だと断定していた。
「……綺麗」
 ぼうっとするさくらに、島田がふうんと感心したような声を上げた。
「じいちゃんとばあちゃんの結婚式があんなだったかも」
「お聞きになったんですか」
「家に写真があったから。少し――って言っても五十年は前だろうけど――前までは結婚式で振り袖を着る事も多かったみたいだけど」
 そういうと、島田はじっと花嫁を観察したあと、さくらを見てふ、と口元を綻ばせた。
「今日はこれからどうします? とりあえずご飯にしますか?」
 神社から出たところでさくらが問うと、島田は「いい事思いついた」と道沿いにあったホテルに向かって行く。
「島田さん!?」
 まだ昼ですけど! と叫びたい気分だったが、島田が向かった先は、花の香りの立ちこめる宴会場だった。
「ブライダルフェア、ですか……なんだぁ」
 心底ほっとしたさくらだったが、ふと我に返って島田を見やった。
「――え、ブライダルフェア!?」
 すると島田はいたずらっ子みたいに笑う。
「父さんが早く孫の顔見せろって言ってたから。となると必然的に速やかに結婚しないと。順番間違うと俺、お義父さんとお義母さんに殺される」

 

 不景気なのかなんなのかは知らないが、飛び入り参加だというのにさくらたちは歓待された。
 冷やかしとどう見分けるのかとホテル側の事情を心配したが、きっと、さくらの左手の薬指のリングには、結婚の意志がはっきりと表れていたのだろう。
 招待客に出すという料理の試食や、挙式会場、披露宴会場の案内を丁寧にされ、さらにドレスの試着まで勧められた。
「せっかくだから着てみたら」
 島田に勧められて、さくらはドレスを選ぶ。いくつか手に取ったあとに試着したのは、純白のウエディングドレスだった。デザインはAラインと落ち着いているけれど、胸元にシフォンの大きな薔薇があり、同じ生地のフリルが可憐で華やかで目を引いた。
 もっと裾の広がったプリンセスラインを島田は勧めて来たが、お姫様みたいなふわふわのドレスは、どうもがらじゃなかったのだ。
 だが、試着をしてみて困ったのが、肌の露出の多さ。ドレスは肩紐の無いタイプだったのだ。そのままだと下着が見えるので、仕方なく肩ひもを外した。ドレスと共に辛うじて貧相な胸に引っかかっていたが、不安定で落ち着かない。担当の人が、当日は専用の下着を着て、ドレスもきちんとサイズを合わせますからと応急処置的微調整をしてくれる。
(これはエステかなにかに行かないと着れないんじゃ……)
 促されて渋々島田の前に出たが、島田はしばし呆然とさくらを見たあと、急に周りを気にして着替えを促した。
(あー、似合ってなかったんだろうな……。あ、もしかして、背中にニキビとかあったり――まさか、むだ毛!?)
 思わずそんな心配をし始めるさくらだった。

 

 なんの契約もしなかったのに、ホテルからは大量のお土産をもらった。引き出物のサンプルに、ホテルのレストランのランチ券など。結婚式にお金がかかるはずだと変な感心をしながら、さくらは妙に急ぎ足の島田に続いた。
「やっぱり似合ってなかったんですよね?」
 さくらは確認するが、島田は「似合ってたよ」と気の無い返事をするだけだった。しかもなんだか心ここにあらずと言った様子。
「いいです無理して誉めなくても」
 さくらが膨れると、くすりと笑って島田は手を取った。今までこんな風に堂々と手をつないで歩く事など無かったので、思わずさくらは立ち止まって固まった。
「こういうのって、いや?」
 島田が問い、さくらは慌てて首を横に振る。
「い、いえ。ちょっとびっくりしただけです。島田さんの方こそ、そういうの嫌いかなとか思ってたんで」
「今までは、どこでお母さんが見張っているかわからなかったから」
「今も見張ってるかも」
 そう言いながら、さくらが思わず辺りを見回すと、
「手くらいなら繋いでても大丈夫だろ。“婚約”してるんだから」
「まあ、そうなんですけど」
 婚約という言葉がくすぐったくて、思わず口元が緩む。島田は指に指を絡めるようにして手を繋ぎなおす。
(あー……この繋ぎ方って、)
 ベッドの上でしかした事が無い。必然的に諸々を思い出し、
「島田さん、……なんか、ええと」
 さくらが真っ赤になりながら、繋ぎ方がやらしいんですけどと小声で言うと、島田はにっと笑って、「わざと」と余計に手に力を入れた。

 さくらの部屋の小さなテレビでは、クジャクの求愛ダンスが披露されていた。必死で雌を誘う雄の健気さをさくらが微笑ましく思っていると、島田が「世の中の雄は大変だ」と複雑そうに苦笑いした。
 そして、
「人だって嫁を貰うには、仕事、学歴、それなりの財産を提示しないと頷いてもらえない事が多い」
「私は、島田さんが社長の息子じゃないほうがありがたかったんですけど」
「だからさくらは難しかったんだけどね。……それに、結婚となると、家族の問題もあるし。俺が無職とかフリーターだったらさすがに、さくらの親は頷かない」
 と悲壮感を漂わせ始める。
 さくらも釣られて苦笑いを浮かべると、テレビを消して照明を落とした。
 島田に続けてベッドに潜り込むと、仰向けのままぽつりと呟く。
「お金っていくらくらいかかるんでしょうねえ」
「結構かかるはずだけど、心配はしなくていいよ。金使う暇が無くて、貯金は結構ある」
「今回は頼り切るわけにはいかないですよ。桁が違うんですし」
 学生時代とほぼ同じような生活をして来たさくらにも、ある程度の貯金はある。だけど、結婚式となるとおそらく何百万とかかるはず。いくら島田でもそんなにたくさん貯金は無いだろうし、結婚してからの家具、家電製品などは挙式費用以外にも別途揃えなければいけない。
(えーっと、この辺に置いてたよね)
 さくらがマットレスの下を漁ろうと身じろぎすると、小さなシングルベッドが小さく軋んだ。
 一緒に寝るとさすがに狭い。実際、外側に寝ると床に落ちるので、眠る時はさくらはいつも壁側に寝せられていた。
(これは買い替えないといけないかー。島田さんのもシングルだしなあ)
 さくらは買い替えの必要がありそうなものをピックアップし始める。
 冷蔵庫に洗濯機。学生時代から使い続けている家電はまだ使えるが、二人暮らしになれば小さいかもしれない。
 そこまで考えて、さくらは肝心な事を思い出す。
「そうだ。住むところはどうしますか?」
「うーん、俺のマンションが絶対便利だけど、姉ちゃんはいるし、お義母さんに笑われるし、なんか癪だよなぁ」
 島田がぼやき、さくらは笑った。
「余裕ができたら引っ越せばいいんじゃないですかね」
「まぁ、金だけの事じゃないし、親ともいろいろ相談しないと」
 また揉めそうだと、島田が面倒くさそうにさくらの方へと寝返りを打つ。
 そして仰向けで通帳とにらめっこをしていたさくらを見つけると、「暗いのに何を見てるかと思ったら」と呆れた。
「ベッドで通帳は見ないこと。そういうの持ち込んじゃ駄目」
「気になるんですよ」
 通帳を取り上げると、島田はさくらに覆い被さる。そして首筋に顔を埋める。熱い息が耳を撫でたかと思うと、そのまま舌でなぞられる。
 このまま就寝するつもりだったさくらは、突如始まった愛撫に驚いて、Tシャツを押し上げる彼の手を掴んだ。
「な、なにしてるんですか!?」
 島田は顔を上げて「なにって、決まってる」と文句を言う。
「でも、確か、さっきしましたよね!?」
 ご飯が炊けるのを待つ間に、珍しく性急に求められたのだ。おかげで夕食が一時間ほどずれ込んだが、その分、夜はゆっくり出来るかもと思っていた。
「一日一回、とか思ってた?」
 一日に数回という概念がなかったさくらは仰天する。
「え、でも、結婚前に飽きませんか、それに……」
 こういうものは枯れたりしないのだろうかと妙な心配が沸き上がる。子供の事もあるし、いざという時に役に立たなかったらどうしよう――そんな失礼な事が頭をよぎる。
 勘のよい島田は、さくらの表情から何か読み取ったらしく、ムッとした顔をした。それ以上の問いを口付けて封じ込める。抵抗する手首を掴むと顔の横に押し付け、そのまま指を絡める。
 島田は、さくらが続きを欲しがるまで、執拗にキスを続けたあとに言った。
「飽きるわけない。むしろ全然足りてない。俺、相当セーブしてるんだけど。休日は一日中部屋に籠っててもいいくらい」
「一日中――って」
 想像したとたん、頬に一気に火が着く。
「ま、今は忙しいから無理だけど……新婚旅行は覚悟しておいて」
 そう言うと、島田はシーツの下に潜り込み、さくらの全身にキスを落としはじめた。

 何となくスイッチの入った二人は、まずお互いの親と話をした。
 結果、式は業界の繁忙期を避けた春ごろが良いのではないかということになった。それから週末ごとに精力的に結婚式場を回った。デートというよりはリサーチとでも言った感じだ。
 結婚式というのは花嫁が主役と言っていいと思う。そのため積極的な男性というのは少ないらしい。広瀬が彼氏が全く手伝ってくれないと、愚痴を言っていた事を思い出す。
 仕事モードで話をする島田を、担当者も頼もしいと感心した様子だった。
「えっとね、さくら」
 そんな中、島田が言い難そうに切り出したのは、さくらが希望した結婚式場が使えそうにないという事だった。
 問題となったのは規模だ。島田の会社の関係者を呼ばないわけにはいかず、招待客は島田側で百人は軽く越えるとの事。そのため、最初さくらが気になっていたレストランウエディング――美味しいものをたくさん食べて行って欲しかったのだ――はあっけなく却下となった。レストランなどの会場では百人入れば良い方なのだ。
 同様の理由でハウスウエディングなど、少人数での挙式は無理だった。
 会場は二百人以上収容できるところを選ばないといけなくて、必然的にホテルを選ばざるを得なかった。
「ごめん。減らしたかったけど、父さんの事もあるし、これから大変な時期だから」
「わかります。だからそんな顔しないで下さい」
 申し訳なさそうな島田の顔にさくらはとても弱い。彼がこんな風に頼む時は、大抵、全力を尽くしたあとの事だと知っているから。それで駄目な時しかさくらに頼まない。だから断る事など出来ないのだ。
「いいんですよ。私、そんなにこだわり無いんで」
 もちろん結婚式に憧れがないわけではない。憧れの無い女などあまりいないだろうと思う。
 一番綺麗な自分を皆に見てもらいたいし、祝福だってしてもらいたい。だけど、それ以上に大事な事があることもさくらは知っていた。
 結婚はゴールではない。ここでつまづいてはいけないのだ。

 

 会場は島田美装と取引のあるホテル、そして挙式は両親の意向で地元の由緒ある神社での神前結婚式となった。密かにウエディングドレスに憧れていたさくらだったが、両家の母が喜々として白無垢を選んでいるのを見ると、とても言い出せなかった。
(まあ、散々着てみたしなあ)
ブライダルフェアというのは大抵試着会があるもので、会場ごとに一着か二着着せてもらったのだ。島田には見てもらったし、その度に写真も撮ったし、それなりに満足はしていた。
 それに、さくらの顔立ちは割と地味なので、華やかなドレスはいまいちピンと来なかったのだ。和装にはそんなに興味は無かったが、島田がぽつりと漏らした「卒業式の袴はすごく似合ってた」という言葉で、その気になってしまう自分は単純だと思った。

 

 そうしてさくらがドレスの事などすっかり忘れてしまった頃のことだった。
 何度目かの打ち合わせの場。お色直しの色打ち掛けの色などで盛り上がっていた母親二人に向かって、突如島田が言った。
「お色直し、二回目の衣装はさくらが選んでいいか?」
 地域にも寄るらしいが、この辺りのお色直しは平均二回だ。白無垢から色打掛けへのお色直しで良いのではないかと話は纏まりかけていたところだった。
「島田さん何言って――」
 驚いたさくらを島田が目で制す。
「でも和装だと着替えに時間がかかるでしょう」
 戸惑う女三人を代表するように、島田の母が遠慮がちに言った。島田がすっと背筋を伸ばすと、雰囲気が変わった。
(あ、仕事モードだ)
 そんな風に息を呑むさくらの目の前で、彼は静かに説得をはじめる。
「担当の人の話だと、白無垢から色打掛けへ着替えるのは、羽織り直すだけだからすぐだって。だから披露宴の衣装は打掛けで入って、お色直しではさくらが選んだ衣装を着てもらえば良いと思う」
 既に納得させるだけの裏付けを取っているようだった。彼の仕事の仕方と一緒だった。
「でも、レンタルは高いけんね、……予算オーバーなんよ」
 さくらの母は、別の理由で島田をなだめた。前もって費用の分担は決めてある。基本料金は島田家で。料理引き出物などは人数割。だが、値の張る花嫁衣装は片桐家持ちなのだ。
 そして和装というのはドレスに比べると高い。白無垢も打掛けもかなり上質なものを選んだため、ドレス三着分の値段と同じになった。その上鬘(これがまた高い)もある。予算ギリギリなのだ。だが、
「追加分は僕が出します」
 と島田は譲らない。
 さくらはぎょっとする。一着追加でいくらだと思っているのだろう。
(着付け代も合わせたら、安くても三十万とかするんだよ! ドレス一着で冷蔵庫と洗濯機と掃除機も買えるから! しかも性能良いヤツ!)
 打掛けの質を考えると、ある程度のものを選ばなければ見劣りするに決まっている。つまりかなりの出費になってしまう。それだけあればパソコンも買えそうだ。
「島田さん、いいですって。十分ですって! 無駄遣いはいけません!」
「主役はさくらだよ。一度しかない事だ。他の事で我慢させてる分、このくらいの我が儘は言って欲しい」
 無意識に潜り込んでいた願望に触れられた気がして、さくらはドキリとした。
「我慢なんかしてないですよ」
 あえてヘラリと笑うが、島田は真面目な顔のままだった。
「無理しないこと」
 彼のこんな顔を見たのはいつだったか。心の内を見透かされているようだ。(あ、名前の由来、話した時だったかも)
 思い出してさくらは冷や汗をかくと、慌てて島田の母を見る。嫁の我が儘で気を悪くさせたくなどない。そんなことはまるで望んでいない。
 だが、島田の母は夢から覚めたような顔をして「啓介の言う通りね」と笑顔を浮かべた。
「楽しくって、ついついさくらさんの気持ちを考えるの忘れちゃったわね。啓介。自分で言い出したんだから、一緒に選んであげなさいね。それでよろしいですか? さくらさんのお母さまも」
「……え、ええ。まあ、一生に一度の事ですし、出来るだけの事はしてやりたいとは思ってますから」
 というか、お金の心配が無ければ感謝こそしても、文句を言う筋合いは全くない。
 さくらの母が気まずそうに言葉を飲み込むと、島田は張りつめていた顔を緩め、笑顔を浮かべた。

「ほら、さくらちゃん、じっとして」
「香苗、アイシャドウはピンクがいいんじゃないかなあ」
 翌週の週末、さくらは島田の姉二人に囲まれ、おもちゃにされていた。
 前日河野に突然家に誘われた。衣装の試着があるのでと断っていたが、その前にと言われて断れなかったのだ。
 しかし、訪ねてみたら、姉二人が化粧道具を広げて待ち構えていて、試着の前を狙っていたのだと知った。
 さくらは鏡の中の自分を直視できずに、俯く。
「お、お姉さんたち、これ化粧濃過ぎませんか」
「ドレス着るんだから、このくらいで丁度いいのよー」
 河野がふふふと笑うと、さくらに目を閉じさせてビューラーを当てる。
「うーん、つけまつげもつけた方がいいよね。うん、すっきりした顔してるから、化粧映えするなあ」
 香苗が後ろから鏡を覗き込んで、からかうような声を上げる。
「けいちゃんの反応が見物だ。――ほら、できた」
 手鏡を渡されて、さくらはぎょっとする。
(目の大きさが二割増しだ)
 ここまでしっかりとした化粧をしたのは卒業式以来。プロの仕上がりだった。

 

 姉二人に送り出されて、試着へと向かう。今日は提携先の衣装室へ直接向かうことになっていて、島田とは現地で待ち合わせだった。
 彼はさすがに色々と忙しく、午前中は会議があるということだった。
 ドレスを着るためにと、今日は肩ひもを完全に取り外せる下着を着けて来ていた。背中も念入りに手入れをしている。この間より随分マシなはず。
 だが、それを写真に収める島田は、どこか納得いってない顔だ。さくらにはわかる。彼はこういうところでもきっと妥協しない。
(あー、似合ってないのかも)
 三着選んだ衣装すべてを着ても、なんとなくしっくり来なくて、途方に暮れる。
 体型の問題かと言われると多分違う。さくらは割と背もあるし、細い。どちらかというとスタイルはいい方だ。
 だから、ドレス特有の華やかさが、自分の顔立ちと噛み合っていないのだと思った。せっかくプロ並みのメイクをしてもらっているのに。
「やっぱり、ドレスの追加は止めましょうか。打掛けで十分ですし、似合わないの着ても勿体ないですから」
 少し泣きたくなりながらも笑顔を作って島田に訴える。と、彼はさくらの言葉が聞こえなかったかのように担当者の方を向いた。
「……そちらの着物はなんですか?」
 担当者が着物を取り出しながら、微笑んだ。
「ああ、引き振り袖ですよ。今人気が高いんです」
「あ。あのときの」
 ふと思い出す。手術のあと、お礼参りの時に見かけた花嫁が着ていたものだ。島田も思い出したのか、尋ねる。
「合わせてみてもいいですか?」
「もちろん」
 ニコニコとした担当者が、手際よくさくらに振り袖を羽織らせる。
 黒地に浮かび上がる白と桃色の花に見とれている間に、簡単な着付けが終わった。
「お客様は身長がございますから、もっと大胆な柄でもお似合いでしょうね。帯を大きく華やかに結ぶときっとすごく素敵ですよ」
 そんな風に声をかけられて、鏡を見せられ、はっとした。
(なんか、無理が無い)
 どことなくぼやけていた輪郭が、振り袖の黒で突如はっきりと浮かび上がった。おどおどとしていた表情もぱっと明るくなる。
 ドレス用に仕上げてもらった化粧と髪型だけど、不思議な事に、振り袖にもよく合っていた。
(打掛けでは鬘だけれど、振り袖で、こんな風に可愛く着れたら、同じ和装でも雰囲気変わっていいかも)
 そんな事を考えたとき、隣で島田がぽつりと言った。
「これが一番似合う」
 感想を聞かれなくても言ったということは、本音なのだろう。それに自分でも一番似合うとさくらは素直に思った。

 

「決まる時は、決まるもんですね」
 その後の打ち合わせは、今迄が嘘のようにスムーズだった。さくらの三着目が決まれば、島田の衣装も決められる。彼は黒と白、二着の紋付袴をさくらの衣装に合わせて選び、鬘などの予約もすべて終わった。
 さくらは心底ほっとしながら、体の上の島田の背に手を回した。
 島田はさくらより少しだけ体温が高い。このところ、随分寒くなって来たから、こうして肌を触れ合わせるのが本当に心地よい。正直に言うと、話に聞くような行為自体の良さはまだよく分からない。だが、こんな風に抱き合って眠れるのは幸せでたまらなかった。
「ドレス自体が似合わないとか、ちょっと落ち込みますけど」
 自嘲気味に笑うと、島田は首筋に埋めていた顔を上げて少し複雑そうにする。
「いや……似合ってた。ホントに」
「無理に誉めなくていいんですよ」
「いや、本当に似合ってた。特に最初の方に着た肩を出したヤツ。けど、露出が多過ぎるからだめ」
 そう言うなり、島田は腕の中でさくらをひっくり返す。大きな手が背を撫でるのと同時に、彼の視線も背を撫でるのがわかった。
「今までじっくり見た事無かったけど、明るいところで見ると、めちゃくちゃドキドキして、他の男の前で――特に上原の前で、あの恰好はさせられないって、でもさくらはやっぱり憧れるだろうしって……正直悩んで……もし、俺のせいでドレス諦めてたらごめん」
 背中に向かってぐじぐじ言いはじめる島田に、さくらは吹き出しかける。まさか、彼の浮かない顔にそんな理由があるとは思いもしなかったのだ。
「いや、ドレスは似合ってないって自分で思ってたんで――って、ちょ、ちょっと、島田さん、何してるんですか、くすぐった――」
 島田は、項に口づけ、肩甲骨、背骨の順でなぞる。さくらがこそばゆさに悶え、笑い出すと、彼はそれを許さないとでも言うように、手を前に回す。胸を掴まれたとたん、くすぐったさが何か別の感覚にすり替わり、さくらは思わず息を呑んだ。とたん、
「さくらの背中、すげえ綺麗。なんか、こういうこと、したくなってしょうがなくて、まいった」
 後ろから抱きしめられて、さくらは悲鳴に似た声を上げた。
「し、島田さん! ちょっと、待って下さい!」
「だめ?」
「駄目です!」
「かたいなあ、相変わらず。じゃあ、結婚したら、いい?」
「そ、そんなこと今言ったら結婚できなくなりますよ! 変態行為する人とは結婚しませんよ!」
「変態って……普通の範疇だと思うんだけど」
「普通じゃないですっ! っていうか、早く離してくださいー!」
 さくらはじたばたしながら真っ赤になって反論するが、島田は腕の力を緩めずに真面目な声で諭す。
「俺、さくらに気持ちよくなって欲しいだけなんだけどな。何がイイか、やってみないとわかんないし。美味しい店を探すのと同じなんだけど」
「絶対同じじゃないです…………!」
 何事も妥協せずに最高のものを――その姿勢が彼の魅力だと知ってはいるものの、さくらはさすがに怖じ気づく。探求の対象が自分となるのは複雑だ。
 首だけ捻って後ろを向くと、彼の顔には反省の色など全く見えない。
(だめだ、開き直ってる)
 げんなりしかけたさくらだが、ふと思いついて呟く。
「島田さんって、実は理系ですよね」
「“飽くなき探究心”ってやつ?」
 ひと際魅力的に笑われて、まいったとさくらは降参し、顔を枕に埋めた。

《番外編 楽しい衣装選び 完》

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2013.8.20