番外編

いつでも
どこでも
ハネムーン

 室内は意外にも落ち着いた内装だった。中世の城を真似たような派手な外観の割に、本当に普通だ。
 普通のホテルと違うのは、部屋の主役がベッドである事、風呂が妙に広いことくらいだろうか。
(意外にシンプルなんだなー。風呂がガラス張りとか、ベッドが回るとか、ああいうのは漫画の中の話か)
 昔読んだ少しえっちな漫画を思い出してそんな事を考える余裕があったのは、ベッドに横たわったあとの僅かな時間だった。

 結婚式のあとホテルに泊まった時に、はじめて知った感覚を思い出す。それまでさくらの嫌がる事をしなかった島田に半ば強引に体を開かれ、抱かれる事には別の歓びがあることを知らされた。それもあって、あれ以降、さくらは島田に誘われるがまま、彼の腕の中に飛び込む。いや、以前ならば理由を付けて断っていた場面でも、味を占めた体がさくらの意志を無視して、勝手に島田を欲しがるのだ。
「し、島田、さん!」
「啓介だって。まだ間違うわけ。もう結婚して二ヶ月なのに」
 呆れたため息に続く意地悪な声色に、さくらは慌てる。どうも、余裕が無くなると、相変わらず島田と呼んでしまうのだ。それを知っているから、彼はそこまで怒らない。半分は面白がっている。
「け、けいすけ、さ――やっぱりだめ」
 恥ずかしくて死にそうで、舌で熱源を探る島田から逃れようとする。だが、彼はさくらを体重で押さえ付けて、決して逃さない。
 体の底からもやもやとした生暖かいものが込み上げ、むずがゆさに似た感覚につま先を丸めた。息が上がるのを押し殺し、シーツを噛み締めていると、
「声、我慢しないで。ここ、防音だけは完璧」
 島田が顔を上げ、さくらを優しく叱る。
「……」
 それでも恥ずかしくて歯を食いしばる。一番聞かれたくない人は、実は目の前にいる。
 すると、島田が苦笑いをする気配があった。
「防音だけ・・で、ごめん。さすがに天気まで読めなかったんだ。飛行機チャーターするほどの金持ちじゃないし、休みだってずらせるほど偉くない」
 さくらは焦って口からシーツを吐き出す。
「いえ、いいんです。島田さ、いえ啓介さんは悪くないです。季節外れの台風がまずいわけで……ほら、ここ普通のホテルみたいに綺麗ですし、こんな事無かったら泊まらなかったし、中どうなってるのか興味あったし……もしかしたらお風呂がガラス張りとか、回るベッドとかあるのかと思ってましたけど、案外普通ですよね……――あ!」
 思わずマシンガンのようにフォローしていると、島田は隙を逃さずさくらを責めた。口から高い声が漏れそうになり、慌てて口を押さえると、彼はとどめのように指を動かし、舌を這わせた。
「だ、めですっ――」
 その甘い声はとてもじゃないが自分の声に聞こえない。どこからでているんだと、そのキャラは誰だと残る理性が突っ込みを入れる。
(ああ、ほんと、こんなの柄じゃないのに!)
 穏やかに、世話話でもしながら。そんなのんびりとした関係のほうが自分達には似合う。実際最初の方はそうだったのにと憎らしい。こんな甘ったるいのは、違う。似合わない服を着ているようで、居心地が悪くて仕方が無いのに――体は別の反応をし続け、羞恥心が余計にさくらを煽った。

 小さな悲鳴と共に体を小さく震わせると、島田はようやく体から顔を上げて上気したさくらの顔を見下ろした。
「俺は、さくらのそういうところ、すっげーすき」
 晒した醜態も手伝い、さくらは真っ赤になる。
(そ、そういうところって……どこ!?)
 動揺を隠せず、さくらは叫ぶ。
「す、すきなら、こういう事しないで下さい! 嫌いになりますよ!?」
「あんなに気持ち良さそうにしておいて、どうして嫌とか言うわけ?」
「恥ずかしいからですっ! そ、それに、私だけしてもらうのは、嫌なんです、でも――」
 さすがにする勇気は無い。それが本音である。
 最後まで言わずとも、島田は察したらしく、
「気にしなくていいのに。俺、こうしてるだけで十分楽しい」
 島田はさくらの拒絶など無かったかのように再び身をかがめる。さくらは悲鳴を上げた。
 これ以上されたらおかしくなりそうだ。
「もう無理ですって!」
「もういいの?」
 島田はからかうように言う。
(うわああ、わかってるくせに!)
 さくらが絶句すると、彼は破顔して、口づけすると同時に、体を重ねた。圧迫感にさくらが息を呑むのと同時に、島田も切なげに顔をしかめる。さくらが彼の首に腕を回すと、一緒に深く息を吐いた。
 二人の息がふれあい、そのまま至近距離で見つめ合った。
「ほんと、ごめん。さくらの言う通りに、最初から国内にしてれば良かった」
 彼は動かずにひっそりと言った。さっきとは違い、真剣な口調にさくらも真面目に答える。
「いいんですよ。私、島田さんと一緒にいるだけで幸せですし。それに、台風じゃ、国内も無理でした」
 さくらたちのハネムーンの予定地は、新婚旅行で一番人気、水上コテージが有名な、インド洋に浮かぶ島、モルディブだった。
 一人四十万という予算を見て、贅沢し過ぎです! と反抗し、北海道を提案したさくらだったが、一生に一度だし、俺は御曹司だと押し切られて頷いた。
 だが、先週発生したばかりの空気の読めない台風は、なぜか北の高気圧にも負けずに北上を続け、見事F県を直撃した。
 F国際空港は全便欠航。ツアーは中止となってしまったのだ。
 島田は色々と手を尽くしたけれど、日程の変更を押し付けられるだけだった。島田もさくらも長期休暇はもうしばらくは取れない。キャンセルしか選択肢は無かった。
 高額なツアー代金は保険で賄えたが、落胆は隠せなかった。
 大雨と強風の吹き荒れる空港から帰る途中、さくらも島田もめいめいに話題を振ったがすぐに会話は途切れた。
 そんなとき、目に飛び込んで来たのは、ど派手な外観のラブホテル。
 さくらは疲れた様子の島田を気遣って、一泊する事を申し出たのだ。――このまま家に帰ってもだらだらしそうだから、珍しい事しませんか? と。

 慌ただしかった一日に想いを馳せていると、彼は目の前にあったさくらの胸に口づけてくる。
「ハネムーンがこんなところじゃ、お義母さんに殺されるかも」
「言わなきゃ誰もわかりませんって」
 くそ真面目な島田に思わず笑い、ふと思いついた。
「あ。せっかくついでに、このまま九州一周しませんか? 荷物も作ってありますし、近場って、いつでも行けるからって、案外行かないものですし」
「……九州一周、は、さすがに無理かも、なあ」
 呟きながらも、いつしかモードの変わっていた島田は、行為に集中しはじめた。
 会話は途切れ、島田が果てる頃には、さくらの意識もあやふやになった。


 そうして、空港近くの城で、遊び疲れて眠った翌朝。てっきり話は流れてしまったと思っていたさくらの目の前に、島田は真新しいタブレットを掲げた。
「……なんですか、これ。あ、仕事しちゃうから、パソコンは持って行かないで下さいって言ってたのに!」
 これ、いくらするんですかーと思わず文句が口から零れるが、
「パソコンじゃないし、会社でプレゼン用に支給されたんだって。――とにかく、見て」
 と島田は悪びれない。
 ワープロアプリで作られた資料は、一見仕事の企画書かと思えた。だが、注視したさくらは、それが何かを知ったとたん、思わず目を見開く。
 島田はさくらの眠っている間に、新たなハネムーンプランを作り上げていたのだった。
「さすがに一週間で一周は無理だから、温泉入りながら南に下るルートにしようかなって。別府、日南海岸、霧島通って桜島見て、指宿がゴール。砂風呂、滅茶苦茶気持ちいいんだ。帰りは阿蘇に寄ってもいいかな」
「すごい、ですね。っていうか、これ、もしかしたら台風来て良かったかも」
 思わず言うと、島田はにっと笑う。
「挽回できたかどうかは、終わってから判断してもらおうかな?」
 さあ、出かけようか。
 島田の差し出す手を握りつつ、さくらは確信する。
(島田さんと一緒だったら、どこだって楽しいに決まってるよ)
 こみあげる笑みを隠しきれず、堪らず頬を緩ませると、島田も嬉しそうに微笑んだ。

《番外編 いつでもどこでもハネムーン》

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2013.10.13