君の純潔をボクに

(フリージアの花言葉「純潔」をモチーフにした企画小説です。)

 足下にはフリージアの花束。そのほのかな香りがそよぐ春の風に乗って鼻に届く。
 この花こそ、君にふさわしい。

 ずっと君みたいな女の子を探していたんだ。


 昼下がりのカフェは何組ものカップルで賑わっている。
 目の前の可憐な少女は真っ白いカップをその手の中に納め、中から漂う香りを楽しむようにそっと目を閉じていた。
 今日は付き合いだして一年の記念日。
 彼女にずっと言い出せずにいたけど、今日こそは実行してみせる。

 隣の席に座ってるカップルが席を立つ。
 香水の香りが流れ込み、せっかくのフリージアの香りを打ち消した。思わずそちらを見ると、原型が分からなくなるほどに凝った化粧が施された顔が見える。髪はおそらくカラーリングを繰り返したのだろう、毛先と毛根辺りの色が随分と違い、妙なグラデーションがついていた。目線を下ろすと異常に短いスカートが視界に入った。今風が吹けば中身が見えるはず。
 あんなものを彼女に穿かせて平気な男の神経が分からない。そう思い、男の方を睨む。どうやってセットしているか分からないような尖った金色の髪。数えきれないくらい沢山のピアスが重そうに耳たぶを飾っている。寝る時はどうするんだろう。付けたままだとうかつに寝返りも打てないんじゃないだろうか。開けられたシャツの胸元には、何重にも巻かれたじゃらじゃらとした鎖。つまり女と同じような系統だった。類は友を呼ぶ。お似合いだ。
 男の手が女の腰に回るのを見て、ああ、こいつらはもう、と邪推がよぎった。
 ああいう遊んでそうな女の子は好みじゃない。やっぱり 初めて ・・・ の子に限る。他の男の手垢がついたような女なんて最悪だ。

 目の前の彼女を見つめる。
 張りのある白い肌。真っ黒な髪は真っ直ぐに切りそろえられ、サラサラと風に揺れる。切れ長の涼しげな黒い目。控えめに引かれたアイラインと、淡い色の口紅。薄化粧が似合うその一見地味な顔。服はシンプルな白いブラウスと膝丈のプリーツスカート。どちらも綺麗にアイロンがあてられて、スカートの裾から少し覗く膝小僧は少しだけ筋張っている。清楚という言葉はきっと彼女のためにある。
 こういう子を一から自分の色に染めるのが一番だ、そう思う。

 付き合って一ヶ月で、キスをした。
 三ヶ月で、もう少し先に進もうとした。
 でも、彼女は少し困ったような顔をして言った。「こういうのは、急がない方が素敵だと思うの」
 今思えば、その言葉とその表情で彼女に夢中になったのかもしれない。
 今まで付き合った子達は、多少慣れてる子が多くて、その子達にまとわりつく男の影を見つけるたびにげんなりして来た。
 だから、まったく汚れの無い子を探そうと思った。
 そして見つけたのが彼女。
 
 いくら焦らされても、それも楽しかった。
 だけど、もうそろそろ、良いんじゃないかと思う。散々待った。見合うだけの貢ぎ物もした。
 今日はこのフリージアを君にあげる。その代わりに君を貰うんだ。


 カフェを出ると、沈みかけた赤い夕日が目に入る。
 彼女の方を振り返ると、その柔らかそうな頬が照らされて、色づいていた。
 下心がにじみ出ないようにと気を付けながら、出来るだけさらりと言う。
「これから、俺の部屋に来ない? おもしろいDVDがあるんだけどさ」
「え? 部屋に?」
 警戒させちゃったか?
 そう思って、焦る。さすがにバレバレか。
 彼女は少し考えていたようだったけど、やがて尋ねた。
「何の映画なの?」
「アクションからホラーまでいろいろあるから、選んでくれれば良いよ。好きだろう、そういうの」
 下調べは万全だ。
「う、ん。じゃあ、お邪魔しようかな」
 彼女は時計を見ると、そう言って頷いた。俺は心の中でガッツポーズを作る。
 
 彼女の家には門限がある。今時、門限だ。
 知っていたから、あまり遅くならない時間に誘った。
 夜はいくらでも作れる事を、俺は知ってる。いくら真昼であろうと、カーテンさえ閉めれば、部屋の中は夜になる。


 部屋に着くと、ソファを勧めた。
 背もたれを倒せばベットに早変わりするタイプのソファ。この日のために買ったようなものだ。
 彼女は疑いも無くそこにちょこんと腰掛ける。
 俺はコーヒーを用意して、ソファの前のローテーブルにそれを置いた。昨日わざわざ専門店まで買いにいった100グラム1500円のブルーマウンテン。もちろん味の違いなど分からないが、高いのだ、きっと美味しいのだろう。カップは結婚式の引き出物で貰ったWEDGWOOD。クローゼットに突っ込んでおいた物を引っ張りだした。こんな時くらい使ってやらないと出番はなかなか来ないのだ。
 DVDを数枚手に取り、選んでもらおうと彼女を振り返る。
 彼女はまたもや時計をじっと睨んでいた。小さな唇が綻んだかと思うと微かな呟きが部屋に落ちた。

「時間が無いわ」
「え?」
「門限がある事知ってるんでしょう?」
 彼女の手が俺の手を掴む。そしてその胸元に導いた。手のひらに柔らかいふくらみを感じて一気に頭に血が上る。
 予想もしなかった展開に、頭の中が真っ白だった。
 そして、ふと気がついたときには俺の上に彼女が居た。

 え?
 ええ?
 えええ?


 *


「これ、私にくれたのよね?」
 彼女の手にはフリージアの花束。
「ああ、じゃあ、門限があるから。送れとは言わないわ。どうも ごちそうさま ・・・・・・

 軽やかに去っていく彼女の後ろ姿を俺は呆然と見つめていた。

 戸が閉まったとたん、ようやく我に返る。

 えっと……俺は……ひょっとして……

 自分を落ち着かせようと必死になる。目の前に置いてあるWEDGWOODを手に取った。口を付ける事が無かったコーヒーには、まだ多少の熱が残っていた。
 混乱とともにその黒い液体をゆっくりと飲み干す。せっかくのブルーマウンテンだというのに、 ぬる い事しか分からない。
 カップの白い底が見えだした頃、ようやく利きだした鼻にコーヒーの香りと混じって甘い香りが流れ込む。のろのろと視線を動かすと黄色い花が目に入った。
 テーブルの端には一輪、フリージアが置かれていた。それは彼女があえて残していったのか――――

『ごちそうさま』
 耳の中を彼女の言葉がこだまする。

「初めてだったのに…………」
 俺は裸の膝を抱えた。呻くしか無かった。


お読みいただきありがとうございました。

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