武術大会《三日目/体術》2

 三日目は、午前中に二回戦までが行われる予定だった。
 一回戦は多少の番狂わせもあったけれども、大体はエマの予想通りの展開だった。

 一回戦第二試合。観客は見事予選一位を勝ち取った武官に期待の目を向けていた。アウストラリスの武力をしらしめるためにも、負けられない戦い。その上、過去の敵国という確執もあり、ジョイアの皇子を負かして、鼻を明かしてやれと思うものも多かった。
 ぴりりと緊迫した空気の中、エマもライバルの試合を固唾を呑んで見守った。彼がどんな戦い方をするのか。しっかり覚えておこうと目を皿のようにしていた。
 だが、エマの目論見はすぐさま潰される。
 それは「はじめ」の合図がかかった直後だった。
 ルキアは武官に向けて、花が溢れるような笑みを向けたのだ。

(うわ、あれ、反則でしょ!?)

 エマには武官の頭からぽんっと湯気が出るのが目に見えた。ついでに彼の正面にある観客席で、悲鳴が上がるのも聞こえた。
 そして、

「ああああああ――……皇太子殿下ぁ! どうぞ、一晩だけでもお相手を……!」

 とんでもないことを叫び、血眼でルキアに突進した武官は、ルキアがひょいと横に避けて足を引っ掛けただけで場外に吹っ飛んでいた。

「…………しょ、勝負あり……」

 審判さえもが情けなさそうに、それでいて気の毒そうに勝敗を告げる中、観客が憐憫のため息をつく。
 これで、もし相手がルキアでなければ何を血迷ったかと皆が思っただろうが、関係のないところで卒倒する人間まで出てしまい、観客が納得してしまったのだ。

「なんなの。卑怯でしょそれ」
「どこが。笑っただけだ」

 試合場から汗ひとつかかずに華麗に降りてくるルキアを見て、エマは頭を抱える。


 どよめきが収まらない内に始まった第三試合は、ヘルメスとエニアスとの対戦だった。
 エニアスは表面上は取り繕っているようだったけれど、最初からやる気が見られなかった。

(馬術の時は真剣だったのに、どうしたのかしら)

 訝しむエマの前で、エニアスは軽々と場外に押しやられ、あっさり反則負けとなる。痛い思いもせずに、試合を終えたエニアスは、清々したような顔で試合場から出ていく。
 まるで勝敗に頓着していないような様子。
 馬術で優勝した時との違いに違和感を感じていると、後ろで声がした。

「あれ、貰ってるね、なにか」

 次の試合のために待機していたアリスが、眉間にしわを寄せてエニアスの背中を睨んでいた。

「貰ってるって?」
「誰からかはわからないけど……エニアスが動くならお金かな。それとも地位かな」
「不正があるっていうの?」
「無いっていうの?」

 不思議そうに問いかえされたエマは、馬術の時のことを思い出して黙り込んだ。

「さっきのエニアスのは、人を害さないだけましだよ」
「だけど、不正は不正じゃない。許されることじゃないわ」
「それでも勝ち抜かないと王になれない。正攻法で勝てないのは過去の負の遺産だろうね。次回からはそうはさせないけど」

 アリスは独り事のように言うと、試合場への階段を上がった。あっさり行ってしまおうとするアリスに、エマは焦る。

「が、がんばって」

 どうしても意識してしまい、顔が赤らんだ。前のようにしっかりと目が見れなくて、ぎこちなく目を泳がせながら、それでもエマは激励する。
 するとアリスはわずかにこちらを振り返り、真剣な眼差しのまま口元を緩める。

「頑張るよ。たぶん、今日のために僕はいろいろ準備してきたんだ」
「今日のため? 体術で勝負をかけるってこと?」

 得意とは聞いていないし、なんだか意外だった。首を傾げるエマの視線の先で、アリスは問いに答えることなく、地面を踏みしめるようにして試合場に立った。
 体術は素手以外で戦うこと、場外に出ること以外は反則もない、なんでもありな競技だ。相手は予選二位の武官。彼は、重量がアリスの二倍もあろうかという恵まれた体格を使って、相手を場外に押し出して勝ち上がってきた。細いアリスなどひとたまりもないだろう。
 敗色が濃すぎて、棄権を薦めに行きたくなる。正視できずにエマは目を細めて試合の行方を見守った。

「はじめ!」

 合図とともに、武官はアリスに突進してくる。
 アリスは軽く構えたまま、逃げもせずに武官を待つ。アリスがふっ飛ばされるのを想像したエマは「危ない!」と小さく悲鳴を上げる。
 だが、そんなエマの目の前で、アリスは突き飛ばしに来た手首を外側にむけて力をそぐと、武官の突進の勢いを利用して自分の方へと引っ張った。
 思わず痛みを想像して頬をひきつらせるエマの前で、アリスはやすやすと男を床にうつ伏せに倒すと、握ったままの手首を外側にぐいと捻り、武官の背中側に持ち上げた。完全に、関節技が決まっている。

(ああああ、あれ、絶対痛い!)

「うわ、あいつ、思ったよりえげつないな」

 ふと隣を見ると、ルキアも顔をしかめて試合の行く末を見つめている。
 偵察だろう。応援するタイプでもないし。そんなことを頭の隅で考えながら見守るエマの前で、

「は、お、おはなしくださっ――っああああぅおおお」

 武官が悶えて、床をばん、ばんと叩く。『参った』の合図だった。

「勝負あり!」

 審判が告げて、武官が涙目で起き上がる。

「ごめんね。一位の人がアレだったし、武官の威信をかけての勝負だったろうけど、今日だけは負けられないんだ」

 アリスが手を差し伸べながら小さく呟くと、武官が「失礼ながら、油断いたしました。情けない限りでございます」とうなだれた。
 アリスは試合後の挨拶を終えると、階段を降りてくる。
 この番狂わせには観客もどよめいていた。エマも同じく。アリスは完全な頭脳派であり、武闘派ではないという認識だったからだ。
 半ば呆然と見上げたエマ、それからルキアに向かって、「今度は僕の番だ」と宣戦布告に似た宣言をして、アリスは満足気な笑みを見せた。

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