武術大会《三日目/体術》3

 少しの休憩を挟んで二回戦が始まる。ほとんど連戦と言っていい。体力がある方が有利となっていくのが勝ち抜き戦の大きな特徴の一つであった。
 目の前に立つルキアは場内に入るなり笑みを浮かべていたけれども、その攻撃はエマには通用しない。――少なくとも、先ほどの武官のような醜態を晒すようなことはない、と言い換えたほうがいいかもしれないが。
 エマの背後でバタバタと人が倒れた結果、先ほどルキアの正面の観客席は立入禁止となってしまった。とことん迷惑な顔だとエマはうんざりする。

「やっぱりエマには効かないなあ……血筋かな」
「血筋?」

 ルキアは意外そうに目を瞬かせる。

「知らなかった? 俺の父方の血が持つは、おまえんとこ――っていうか、俺の母方の血と相殺されるらしいけど。だから、効かない」

 初耳な話にエマは思わず興味を惹かれる。だが、すぐに興味を追い払う。今は試合前。雑談している場合ではないのだ。話を打ち切ろうとエマは言う。

「単に精神力の問題だと思うわ。だってアリスはあなたを見ても平気だもの」
「あれは慣れだと思うけどな。たまにいるんだ。俺の祖父とかがいい例」

 と、そのとき審判が割り入った。

「開始します。私語は慎まれますよう」

「すみません」

 エマが謝り、

「はぁい」

 ルキアは軽く答える。彼は同時に俯いた。赤い前髪が彼の表情を隠した次の瞬間、彼は顔を上げる。そこからは笑みは消えていて、代わりにひどく真剣で憂いを帯びた眼差しがあった。
 女のように雅だった顔が、眼差し一つで男のものに差し替えられる。甘さを消した表情は、精悍で、凛々しく、研いだ剣のように美しかった。
 とたん、どこかで黄色い悲鳴が上がる。ちらと見ると、観客を整理していた人間が倒れたらしい。男ばかりが問題を起こすので、先ほど女性の武官に役目を割り振ったばかりだったのだが、無駄だったようだ。というか、彼の性別を忘れていないかとエマは呆れる。
 げんなりしつつも、エマは自分の顔の色が染め変わるのを自覚していた。先ほどの甘い表情より、今の真剣な表情のほうが、胸を騒がせるのだ。

(これは、きつい……かも)

 もしルキアに彼が言うような異能があるのならば、それは美麗な外見との相乗効果もあるに違いない。例の武官のように倒れることはないけれど、確実にダメージを与えられていた。

 審判の「はじめ」の声で我に返るくらいには。
 気づいた時にはエマは襟の後ろを取られていた。

(やば――)

 身体が浮きかけたところを彼の体に足を巻き付けてどうにか堪える。だが倒れたところを押さえこまれかけて、エマは絶体絶命の危機に陥った。
 必死で床に伏せて持ち上げられるのをこらえようとするけれど、体格がこれだけ違うのだ。瞬く間に床から引き剥がされたエマは、浮き上がった足でルキアの首筋に蹴りを入れる。

「――っ」

 投げ以外が来るとは思っていなかったのか、ルキアはエマの蹴りごと腕で振り払い、ようやく二人の間に空間が生まれる。

「あー、残念」

 ルキアは肩をすくめる。一方、

(あ、ああああ危なかったあ………!)

 肩で息をしながらエマは額にかいた冷や汗を拭おうと手を上げかけた。だがそこに間髪いれずにルキアが飛び込んでくる。さすがに体力が桁違いのようだ。息ひとつ上げずに飛び込んできたルキアは今度はエマの袖口を握るとすぐさま足を払いに来る。
 エマは足を躱すと、攻撃の糸口を探って目を見開く。すると視界いっぱいにルキアの不敵な笑みが広がり、息を呑む。

「や、やっぱりその顔は卑怯!」
「どうしても、ときめく? 降参する?」

 ニヤリと間近で笑われてエマは茫然自失となりかけた。

(しゅ、集中――――!!!!)

 自分に言い聞かせると、エマはルキアの服の襟元をつかもうと手を伸ばす。組んだ感じではおそらく、同程度の力の持ち主。気が散っていては、勝てない!
 エマは襟を取ると、先ほどミロンを投げたリズムに持って行こうとする。だが、ルキアは腰を後ろに引いて誘いに乗ってこない。

「同じ技は使わせない。――背負わせないから」

 やはりミロンとの試合はしっかり見ていたらしい。くっと笑うルキアを見て、エマは腹の底から浮かび上がる笑み・・を無理やり噛みしめる。そしてめまぐるしく考える。

(逃げに入ったわね。……でも、ルキアだって技をかけなければ勝てないのだもの)

「いいえ、投げて・・・みせるわ」

 しつこく背負技をかけながらも慎重に隙を探る。そうしながら、ルキアのかけてくる細かい技を切る。エマは静かに静かにそのタイミングを待つ。
 ルイザが教えてくれたことを思い出しながら。

『どうしても体格で負けますからね。戦略が大事です。大事なことは隠して、信じ込ませたらこっちのものですよ。一回戦から・・・・・決勝は始まっています』



 そして、試合時間が残り少なくなったことを告げる鐘がひとつ鳴り響いた時だった。

「そろそろ、お遊びは終わりだ。諦めろ。これで――エマ、お前は俺のものだ」

 一瞬甘く輝いた瞳が急激に鋭さを増す。厚手の袖を取られ、エマも彼の襟と袖を握りしめ、がっつりと組み合った。
 エマの足を払おうとするルキアの右足を避けて腰を引く。だが、すぐに懐に潜り込む。

「そうはさせないわ――」

(ほら、獲物が、)

 エマはここだ、と腹を決めて背負いにかかった。きっとこれは一度しか使えない。左手で握った袖を前に引く。襟を持った右手を肩に担ぎ、膝を締め――

「だから、背負われないって言っただろう?」

(罠にかかった――!)

 ルキアが鼻で笑って技を返そうとした次の瞬間、エマは体をねじり、左足にかけていた重心を右方向に移動した。肩に担いだ手を一旦ゆるめると、袖を持った左手を思い切り突き上げる。そしてわずかに浮き上がったルキアの足を、右足で払いのけた。

「な――!?」

  ルキアの対応が追いつく前に、エマは彼の身体を腰に乗せて大きく回転させていた。
 どしん、と言う音が静まり返った場内に響き渡る。
 床に転がるルキアがエマを呆然と見つめている。観客も何が起こったのかわからずにそれぞれに不思議そうに顔を見合わせていた。

投げる・・・、とは言ったけど、背負う・・・とは言ってないわ」

 ミロンの時に使った背負技を罠に使ったのだ。得意技である手技を磨きつつ、同時に密かに身につけた腰技(必殺技)
 にやり、とエマが不敵な笑みを浮かべると、「予想以上だ」とルキアは楽しげに目を覆う。そして、我に返ったといった様子の審判が大きく手を上げた。

「……勝負あり!」

 わあああと歓声が上がり、エマは破顔する。
 だが。

(ああ、次の相手は、たぶん――)

 こちらをニヤニヤと見つめて笑うヘルメスに気がついて、表情を引き締めた。

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