銀髪の再従兄弟たち

 まるで揃いのような銀髪を持つ男が三人、円卓を囲んでいた。深い青、水色、緑色の瞳が見つめる円卓の中央には空の酒瓶が何本も転がっている。

 アウストラリスの王子たちには、各々に塔が与えられている。北からヘルメス、ミロン、エニアス。間に広場を挟んでアリスティティス、エマナスティの塔が並んでいる。通常は年の順に広い塔を与えられるそうだが、第三王子のアリスティティスはかつて自分の両親が住んでいた塔を選び、エマナスティもそれに倣った。
 北側に三つ並んだ塔の真ん中にあるミロンの塔は、王子の私的な集会場所に指定されることが多い。今日も例外なく、気のおけない仲である従兄弟同士、ヘルメス、ミロン、エニアスの三人が酒盛り中だった。

「あいつ、またおれのこと無視しやがった」

 一番年嵩のヘルメスは、今、ひどく不機嫌だった。
 彼は青い目を苛立たしげに細めると、花束を壁に投げつける。鍛えられた腕で投げつけられた花束は、壁にぶつかると、潰れて床に落ちる。赤い薔薇の花束はエマナスティのために用意したものだが、受け取ってもらえなかったのだ。
 ミロンはひしゃげた花を拾い上げると、水差しに突き立てる。赤黒い花びらがひらりと落ちる。退廃的な美しさにため息が漏れた。

(これで何連敗かなあ)

 従兄ヘルメスにのらりくらりと付き合ってはいるけれど、彼がどうなろうとどうでもいい、がミロンの率直な感想だった。
 ミロンは現王の従兄であるヤニの息子だ。父は前回の王位継承の儀を棄権し、王位をあっさり他所の王子に譲ったたような気骨のない王子だったが、ミロンもまた同じ。重責に耐えて王になるよりも、程々の地位で外野から文句を言うくらいが心地よいと思っている上昇志向のない王子だった。だが、徒党を組む従兄ヘルメスは違うらしい。
 ヘルメスの実家はアウストラリスで一番大きな岩塩の鉱山を所有している。その昔、ヘルメスの父、アステリオンが失策を犯して失脚した際に多少の鉱山は没収された。だがそれでも広大な領地にはまだ鉱山が残っているのだ。掘り尽くせばいつかなくなる財に頼っていて大丈夫かなあなどと思ったりもするが、所詮他人ごとである。やはりどうでもいい。
 ヘルメスは暫定王太子となったあとから、まるで既に王位を手に入れたように振舞っている。愚かな彼は、何でも自分の思い通りになると思っていて、実際大半のことがそうであった。彼が思い通りに出来ないものは二つ。第三王子のアリスティティスと第一王女エマナスティ。アリスティティスは大人しいけれども、あの清廉な王子は自分の信念から外れることは決してしない。エマナスティは……ある意味ヘルメスと同じタイプで、野心が大きい。だが、ヘルメスと違い、野心を満たすだけの資質がある。人を否応なく惹きつけ、人の上に立つべくして生まれてきたような娘だった。
 だからこそヘルメスはエマナスティを目の敵にしている。ミロンとエニアスを巻き込んで、彼女を王位継承争いから引きずり降ろそうとしているのだ。

「女なんか、ちょっと優しくしてやればちょろいもんだ」

 ヘルメスはいやらしい笑みを浮かべて、なあ? とミロンとエニアスに同意を促す。

「その割に、兄上、エマには振られっぱなしだよねえ」

 兄上・・。わざと親愛をこめて言うと、エニアスが緑色の目を糸のようにしてくつくつと笑う。この従弟は叔父キモンの息子。叔父はアステリオンに買収され王位継承の儀を棄権した。野心はそれなりにあるが、損得で物事を考える傾向があると思っている。その傾向は息子にも引き継がれている。エニアスはヘルメスを煽るようなことを言うくせに、自分からは決して動かない。ヘルメスをおだてて動かして、彼に食べ残された美味しいところを楽に持っていくのだ。
 ヘルメスはエニアスが率先して出し抜こうとしていないことをよく知っているため、彼の軽口に怒りはしない。出来の悪い子分に助言を与えるような様子で言った。

「わかってねえな。一度手篭めにしてしまえばこっちのもんなんだよ」

 既に何人もの愛妾を囲っているヘルメスは、その方面に自信があるらしい。だが、皆権力にあやかろうとおべっかを使っているだけ。気づかないでいられる脳天気さはむしろ羨ましいくらい。ミロンは腹の中で密かに笑う。

(だいたいさ、小さいころ散々いじめておいて、虫が良すぎないかなあ)

 エマナスティはひょろっとした生意気な子供だった。暫定王太子の権力を振りかざすヘルメスのいうことを全く聞かず、それどころかどの派閥にも迎合しない一匹狼。それはルティリクス王とよく似ていて、子供心にも脅威だった。
 それでも女だから。王位が継げないからと大目に見てきたところがあるのだろう(といっても、ヘルメスはちび、ブスなどの言葉でエマナスティをいじめまくった。そのせいで彼女は強くなったと言ってもいい)。
 彼女の本気を知ったヘルメスは確実に焦っている。ミロンとエニアスはあくまで己の手下で、彼の眼中にない。だから、第三王子のアリスティティスだけを相手にしていればいいと思っていたのだ。アリスティティス一人でも面倒な相手だが、野心のない彼は元々頂点に立つタイプではなく、影で王を支える宰相向きであった。やり方しだいでは丸め込める、とヘルメスは思っているようだった。だが、エマナスティはそうはいかない。
 継承権を放棄しろと迫ったヘルメスに、エマナスティははっきりした拒絶を示した。

「私は、ろくでなしを王にして、お父様がせっかく豊かにした国を滅ぼしたくないのよね」

 ミロンはエマナスティの姿を思い浮かべる。ひょろりとしていた身体は、近頃急に女らしい丸みを帯びてきた。同時にギラギラしていただけの眼差しに優美さが加わり、母親ゆずりの美貌が輝きだした。エマナスティは確かに美しかった。ヘルメスのやり方が変わったのも、そんなエマナスティの変化を見たからだ。
 つまり、エマナスティを王子妃にしてしまうつもりなのだ。そうすれば、簡単に王位継承権を放棄させられる――それがヘルメスの作戦だった。

(無理じゃないかな? あのエマが色恋沙汰ごときで王位を諦めるわけがない。まず、あの子はヘルメスなど絶対に相手にしない。アリスティティスでさえ、相手にしていないくらいなんだから)

 頭のなかでは否定しつつ、「そうかもね」と曖昧に相槌を打つ。エニアスも「まあね」と無難な答えを返す。
 すると、ヘルメスは満足そうに口角を上げる。その笑顔には女が騒ぐような華やかさがあったが、同時にどこか卑しさがにじみ出ている。
 顔だけが整っていても、中身が駄目だとこれほど貧相に見えるのだろうかとミロンは妙に感慨深く思った。人のことはきっと言えないだろうが、彼よりマシだと思うと多少救われる。自分より下にいる者を見ると安心する。だからミロンはヘルメスの傍にいる。自分が下劣な人間だという自覚は十分にあった。

「じゃあ、ヤっちまおう。三人がかりならうまくいく」

 飛躍した話にミロンはぎょっとする。エニアスを見て「とめろよ」と目で訴えるが、彼は「いいんじゃない?」とおこぼれ・・・・を想像してにやにやと笑うだけ。しかたなくミロンは控えめに提案する。

「だけど、幼い頃と違ってエマナスティは強いからさ。そういうの無理じゃないかな」

「あいつが強いのは剣を持ったときだけだろ。丸腰の時を狙うんだよ」

「王に知れたら死ぬよ?」

 愛娘を手篭めにされようものならば、あの王は復讐に手段を選ばない。
 死にたくないミロンは馬鹿な従兄を半ば必死で諌める。だが鼻の下を伸ばしたヘルメスは妄想に取りつかれ、話を聞こうとしない。

「ミロン、おまえ馬鹿か。知られないようにするんだよ。あいつプライド高いから、自分が負けたことなんか誰にも言えねえよ」

 馬鹿はおまえだと言い返したかった。
 頭のなかでは既にエマナスティを組み伏してしまっているのだろう。ニヤつく顔を見ていると、王位が欲しいからなのか、エマナスティが欲しいからなのか。どっちが本意なのかわからなくなった。
 お気の毒に。
 ミロンは心の中でつぶやくが、同情はエマナスティに対してのものではなかった。

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