貴重な睡眠時間と引き換えに

ツイッター診断メーカーのお題です。
「ルティとメイサで、ひたすら甘えているシーンを描きます」
「涸れ川に、流れる花」読了後の方が分かりやすいです。結婚式が間近に迫ったある日のお話。


 階段を駆け上がり扉を開く。そして部屋の中に既に人がいるのを知ると、メイサは肩を落とした。
(あぁ、やっちゃった。遅刻だわ……)
 そっと扉を閉じると飛んで来る罵倒に備えてぐっと下腹に力を入れ、応戦体勢を取った。
「俺が戻ったときくらい、部屋にいろ。あちこち飛び回らないで大人しくしておけよ」
 寝台の上にいるルティの機嫌は悪い。
 こちらに背中を向けてふて寝中だった。
 原因はわかっているのだが、どうしても放っておけないから仕方が無いと思うのだ。
 というのは、ジョイアからやって来た元妃候補の少女――シェリアのことだ。
 最初の印象こそ悪かったものの、じっくり付き合ってみると、どうしても“誰かさん”と重なって笑いが出てしまいそうになる。
 賢いところ、強がって弱音を決して吐かないところ。素直じゃないところ、でも――根はとても純粋なところ。メイサの大好きな人にそっくり過ぎて、嫌いになれるわけが無い。
 ルティに言えばさらに臍を曲げることはわかっているから決して口にはしないけれど。
 
 今もそのシェリアとの食事から戻ったばかり。ルティが会議などでいない時などは、昼食だけでなく夕食も一緒に食べるようにしたのだ。
 他人の恋の相談――シェリアはヨルゴスへの想いを未だ認めないが――に乗るのはとても楽しいことだ。幸せを分けてもらっている気分になった。今日はそれで話が弾んでしまって部屋に戻るのが少しだけ遅くなってしまった。
「遅くなってごめんなさいね」
 メイサはごまかし笑いを浮かべて寝台に寄る。彼の背に手を載せようとすると、彼はその手を掴んでメイサを引き寄せた。
 痛いほどに抱きしめられ、メイサは喘ぐ。唇はすぐに彼の唇に塞がれる。
 ルティはそのまま寝台の枕にメイサを押しつけ、執拗な口づけを繰り返す。大人しくしていたメイサは、彼の手が衣服の裾から忍び込んだのを機に、首を振って口づけから逃れた。じっと彼の瞳を見つめると、ルティは気まずそうに眉を寄せた。
「――今日からは、“控える”って約束でしょ」
「わかってる。だから少しだけ」
 婚儀も近づいた。だからそれまでの間は体調を崩してはいけないから控えようかと、彼から言い出したことだった。痣でも残ると衣装が着れない。婚儀ではさすがにショールなどで隠すこともできないのだ。
「あなたが言い出したんでしょう? 守れないのなら、私、自分の部屋に戻るけれど」
「それはだめだ」
「それとも隣の部屋で寝てもいいわ。セバスティアンもいないから、今は空いているのでしょう?」
「嫌だ。傍にいろよ。じゃないとよく眠れない」
「…………じゃあ、その手を除けて」
 しかし大きな手は胸に触れたまま。メイサの叱責にも頑固に留まっていた。
 これではまるで幼子の我が儘だ。
 しかもそこでいたずらを始めようとしたので、呆れたメイサは彼の手を持ち上げようとする。しかし彼の手は離れることを頑に拒んだ。
「眠れる時に眠らないと持たないわ。あなただってずっと寝不足でしょ」
 やれやれとため息をつくと、ルティは真剣な顔で訴えた。
「一回ですませる。で、すぐに寝る」
「信用できないわ」
 約束してもあまり意味が無いことはよく分かっていた。回数を制限すると一回が長くなるだけだということをこの間学んだのだ。
「あなた、約束を守れないんだもの。昨日言ったことなのにもう忘れちゃうくらい。アウストラリスの王太子殿下の頭は一体どうなってるの?」
 指摘すると、とたん、彼は開き直った。
「お前を前にすると、頭ではわかっていても、どうしても欲しくなるんだから、しょうがないだろ」
 彼の指は既にメイサの熱を探り始めている。体の方が先に頷いてしまいそうで、メイサはお腹と唇に力を入れると、息が漏れるのを堪えた。
「あと、一週間、なのよ?」
「優しくする」
 次第にその声に焦りが含まれ始める。釣られたようにメイサの声も上ずり始める。
「早く、寝ないと」
「じゃあ、早くする」
 あんまり早いのも……とメイサは少し悩むが、口にしたら最後、男の意地にかけて明け方まで続く気がする。危険を感じたメイサは、出かかった言葉を慌てて心の中にしまい込んだ。
「とにかく、少し落ち着かないと……お前を抱きしめて眠れない」
 掠れた声が、耳朶を撫でる。同時に襲った快楽の波に、メイサはとうとう陥落した。
 


 このところメイサが眠りにつく頃には、必ず首の下にルティの腕があった。高さも固さもメイサの枕として誂えて来たかのようで、必ず快眠出来るという優れものだ。
 熱い肌も肌寒くなって来た季節には丁度いい。これからやってくる冬は、さらに心地よく眠れるのではないかとメイサは思った。
 なにより深い眠りに落ちる寝顔は、幼子のように安らかだ。昼間は常に付けている、冷酷な王子の仮面を外して、ただの一人の男に戻っている。
 ただでさえ短い睡眠時間は毎日こうやって削られてしまうけれど、この貴重な寝顔が見られるのならば替えてもいいかもしれない。
 メイサはそう思いながら一つくすりと笑うと、まどろみの中に身を投じた。

 〈了〉


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2012.03.10
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