ヨルゴス殿下の言いつけどおりに

共通の後日談からのこぼれ話。喧嘩をした後のルティとメイサの様子。


「馬鹿ね、ほんと馬鹿」
 目の前で憤慨し続けるメイサを前にルティは首を傾げていた。
 数発殴られたとはいえ、喧嘩には一応勝利したというのになんだろうこの敗北感は。
(もっと殴られていれば良かったのか? だが、いくらなんでも俺があいつに負けるのはわざとらしいし)
 顎に手を当てて考える。

 結婚式から三日。明日ジョイアから来た妹夫妻は国に帰る。別れを惜しむ女たちの会合が長引き、ルティとシリウス、そしてヨルゴスが男三人で空しく酒を飲み躱した。
 妻を取られて痺れを切らしたシリウスがルティに喧嘩を売り、彼の企みを理解したルティは喧嘩を買った。
 そして馬鹿馬鹿しい拳闘の末、思惑どおりに会合は中断した。男二人は怪我をしたものの、代わりに各々のパートナーとの時間を取り戻し、そして今はおそらくそれぞれに楽しんでいるはずだった。
 だが、確かにメイサとの時間は取り戻したものの、肝心の彼女はルティの心配は全くせず、シリウスとスピカの心配ばかりしている。それどころかいたずらをした子供のように叱られっぱなしだ。
「もう! 子供じゃないんだから、喧嘩なんか止めてよ。皇子様のあの顔をメチャクチャにしちゃって、スピカになんて謝ればいいの」
「……俺の顔はいいのか」
 赤く腫れた顎をさすりながら恨めしそうに睨む。
 一切自分のことを心配しない新妻にルティはさすがにふて腐れる。
(おかしいだろ。確か三日前に結婚したばかりの新婚だぞ?)
 予想していた展開とずれていることに不満を隠せない。
(確かに馬鹿皇子シリウスの顔は国宝級で、俺の顔はそうたいしたことは無いが……せめて『大丈夫?』のひと言くらいあってもいいだろう)
「あら? あなたが顔の傷を気にするの? 意外ね」
 思惑が完全に外れて、さすがに凹んだルティは思わず愚痴る。
「……少しくらい心配するのがの役目なんじゃないか? 大体あっちが喧嘩を売ったのに、なんであいつばかり庇う」
 ぶつぶつと言うルティに、メイサは目を見開く。そしてかがみ込んで目線の高さを合わせると、子供にするように質問した。
「心配して欲しいの? ……じゃあ、まず聞くけれど。喧嘩の原因は何? あなたから手を出したの? 喧嘩を売ったって――皇子様に何を言われたの?」
「…………」
 メイサの瞳の奥に影を見つけ、ルティは息が詰まった。
「聞かれたくないことなの?」
 メイサは自分のことでなければ、意外に察しがいいのだ。喧嘩の原因がどこにあるかなどわかっている・・・・・・顔に、ルティは自分の浅慮を恥じる。
「聞かせたくないことだ」
「じゃあ、聞かない」
 彼女はすぐに表情を変える。からりとした笑顔に嫉妬という感情は見つけられない。今は見つけたくないとは思う。多分彼女はそういったルティの本音をよく分かっているのだ。
 妬いて欲しい。でも取り戻せない過去のことで彼女を苦しめるのは嫌だった。二つの感情の間でルティは常に苦しんでいる。だが――、それもメイサの苦しみに比べればどれだけ軽いものだろう。
 彼女は全部わかっていてそれでも何も聞かずに、ルティの過去を全て許してくれる。
「――すまない」
 言葉が漏れるとメイサがぎょっと目を剥いた。
「やめて。似合わないから」
「だけど」
 メイサはルティの口に指を当てて、それ以上の言葉を奪う。
「あなたには後悔は似合わない。前だけを見て。私、その方があなたらしくて好きだわ」
 思わず起き上がって抱きしめると、メイサは「駄目よ。動いては駄目と言われたでしょう」とルティの腕を押しやろうとする。
「あれはヨルゴスの嫌がらせだ。真に受けるな」
 ルティは胸に沸き上がる熱にうかされる。
「愛してる」
 どうやって伝えれば良いか分からない。いくら伝えても伝わらない気がして仕方がない。
「わかってるわ」
 この言葉以外に想いを伝える言葉は無いのだろうか。言葉では表現しきれなくて、もどかしくて仕方が無い。苦しみを少しでも和らげたくて、ルティはひたすらにメイサの唇を貪った。


 〈了〉


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2012.03.10
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